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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第1章(その4) 「警視庁桜田記者クラブ」

著:酒井直行/原案:島田一男



第1章 (その4)
「警視庁桜田記者クラブ」

「残念。市村キャップと春乃ちゃんは今日もお留守だったか」
 中を覗き込んだ相沢が小さく肩をすくめた。
「今日も? 記者クラブに常勤してるんじゃないんですか?」
「うん。この毎夕新聞社っていう新聞社は、ウチや新日さんたちとは若干毛色が違う新聞社なんだ。元々は名古屋の夕刊専門紙からのスタートで、そこから東京に進出し、全国紙となったわけだが、今でも本社は名古屋でね、東京はあくまでも支社扱いなんだ。それもあって、市村キャップと春乃ちゃんは、ここ以外にも、東京地検の司法記者クラブと国会議事堂の政治記者クラブの3つとも掛け持ちしててね、すごいハードスケジュールなんだ」
「それで、ブースも小さいし、新聞社のエリアからも少し離れているんですね」
「ブースが離れているのは、一番最後に記者クラブに入ってきた新聞社だからね。ここしか空いてなかったんだよ」
「あーあ、春乃ちゃん、一目会ってみたかったなあ」
「おいおい、君はキリッとした美人がタイプなんだろ? 春乃ちゃんは全然違うからな」
「それでも、です」
 不在のところもあったとはいえ、全ての新聞社への挨拶回りを終え、東京日報ブースへと戻ってきた相沢に、伊那がふと思い出したように、
「ところで、キャップが各新聞社のブースの中に一歩も足を踏み入れなかったのにはやっぱり理由があるんですか?」と尋ねる。
「お、気づいていたのか? 優秀優秀」相沢が嬉しそうに頷いた。
「我々、記者クラブに詰めている事件記者にとって、ライバルである他社の事件記者たちの動向に目を光らせるのも仕事の一つだ。他社が極秘に特ダネを追っているのに気付かず、それを見逃してしまい、特オチなんぞしてしまったら、目も当てられない」
「はい」
「だからといって、他社の事件記者たちの会話を盗み聞きしたり、彼らが書いている記事原稿を後ろから盗み読みしていいって言うものでもない。そこには紳士協定があるんだ」
「だから、他社のブースの中には決して立ち入らないこと……となるわけですね」
「そうだ。別にドアがあるわけでもない。雑談を装って、ブースの中に入り、つけっぱなしのパソコンのテキスト画面を見ることだって可能だ。でもそれをやっちゃあいけない……それが記者クラブで共に仕事をしている事件記者たちの暗黙の了解であり、最低限のルールなんだ。分かるね?」
「よく分かります」
「とはいえ、他社の連中が今、どんなヤマを追って、どんなネタを掴んでいるのかを他愛のない会話や態度などから瞬時に察知することは、優れた事件記者に絶対に必要な能力でもある。この辺りの線引が難しいんだよ」
「なるほど……」
 伊那は分かったような分からなかったような微妙な顔つきで頷いてみせた。
「それはそうとキャップ……そろそろ、例の汚職事件、立件できそうな雰囲気だっていう噂を地検の司法記者クラブから聞いてきたんじゃが」
 それまでのほほんとした雰囲気で相沢と伊那の会話を横目で見ていた八田が、いきなり声のトーンを落とし、周囲に聞き耳を立てている人間がいないことを確認しつつ、相沢と伊那に小声で囁いた。
 相沢は伊那に対して、『例の汚職事件の噂』について話して聞かせる。
 それは、東京都議会議員の与党重鎮の伊集院一郎に関するきな臭い話だ。この伊集院が選挙区地元の公共工事入札に際して、とある企業から多額の賄賂を受け取った疑いがあり、その極秘捜査が大詰めを迎えているのではないかとの噂だった。
「いいかい伊那ちゃん。政治家の汚職事件の捜査は、その政治家がどれだけ政治的権力者であるかどうかで捜査する組織自体が異なるんだ。国会議員による全国規模の汚職事件となれば、その捜査主導権は警察ではなく、検察庁、それも検察庁特捜部が担当する」
「ロッキード事件やリクルート事件などがそのいい例ですよね」
「優秀優秀。伊那ちゃん、なかなか勉強しているね」
 相沢が褒めると、伊那が調子に乗って、思わず、
「もちろんです。だって僕はこれでも事件記……いえ、なんでもありません」
 伊那が慌てて言葉を飲み込むが、相沢も八田も、失笑を通り越して、吹き出すしかなかった。
「でね、都議会議員の汚職事件となれば、その捜査チームは通常、警視庁刑事部捜査2課が担当するんだが、伊集院一郎は次の衆議院議員総選挙に与党から立候補することが確実視されている権力者だ。そうやすやすと簡単に逮捕起訴できるタマじゃあない。慎重に慎重に事を運ばないと、いつ政府からの横槍が入るかもしれん。それもあって、警視庁捜査2課の刑事たちは、東京地方検察庁特捜部と連携して極秘で捜査を進めていると言われていた。だけども、昨日までの時点で、ウチの政治部の情報とを繋ぎあわせても、逮捕につながる有力情報はなかったんだ」
「それがな、昨夜遅くなんじゃが、東京地検の特捜部がどうやら招集をかけているとのネタを、向こうの司法記者クラブに出向いとるヤマさんが掴んできたようなんじゃ」
「ヤマさん、お見事ですね」
 ヤマさんとは、主に司法記者クラブで事件を追っている東京日報の事件記者・山崎のことである。
「いよいよですか。こりゃあ、久しぶりに忙しくなりそうですね」相沢は自らを発奮させるべく、両手で両頬をバシンバシンと叩くのだった。

 それから数時間後の11時前。
 地下鉄霞ヶ関駅から地上へと出てきたとある男がいた。
 彼の名は、岩見。
 彼もまた警視庁記者クラブの事件記者の一人である。彼が在籍する新聞社は、相沢たち東京日報のライバル社である中央日日新聞だ。
 彼は記者クラブの面々からは「ガンさん」「ガンちゃん」と呼ばれ、愛されていた。実はガンさん、少し抜けたトコロがあり、ぬいぐるみの熊さんのような見てくれも相まって、記者クラブのイジられ担当の名物記者だった。
 そんな岩見が、二日酔いから未だ抜けきれていない風で頭痛に悩みつつも、警視庁の正面玄関を通り、中へと入っていく。そして顔見知りの受付婦人警官たちに愛想を振りまきつつ、セキュリティゲートを通りすぎようとしたその時だった。
 いきなり数人の屈強な体つきの男たちが岩見を取り囲む。
 一瞬、たじろぐ岩見だったが、目の前の男たちが顔見知りの刑事だと分かると、笑顔を崩した。
「なんだ。捜査一課の村田さん。驚かさないでくださいよ」
「ガンさん、ちょっとよろしいですか?」
 村田刑事の顔は強張っていた。
 村田たちは、岩見をセキュリティゲートの奥の別室へと連れ込む。わずか数時間前に、初出勤してきた伊那を怪しい人物発見と拘束したあの場所である。
「なんですか、改まって」
 岩見は訳が分からず混乱していた。
「ガンさんは昨夜……いえ、岩見さんは昨夜から今朝にかけて、どちらにいらっしゃったのでしょうか?」
 村田が真顔で尋ねる。
「……は?」
「今朝はご自宅からのご出勤じゃないんでしょうか?」
 普段は軽口を叩き合う間柄の顔見知りの刑事である村田からの他人行儀な質問に、岩見は怪訝そうにしながらも、昨夜は夜勤明けの休みだったこともあり、夕方から飲みに出て、何軒もハシゴ酒し泥酔、そのまま終電を逃し、夜の街をうろついた挙句、ネットカフェで仮眠しつつ朝まで時間を潰し、そのままネットカフェでシャワーを浴び、ここにやってきたことを説明した。
「お一人で?」
「……一人で飲んだくれちゃあ、いけませんか?」
 村田刑事は、その答えを残念そうに聞いていた。その上で言葉を選びつつ、
「岩見さん、任意でお話を聞かせてもらえませんか?」と岩見を鋭く見つめる。
「どういうことですか?」
「同じ記者クラブ仲間である、毎夕新聞社の事件記者、桜井春乃さんをご存知ですね?」
「当たり前でしょう。春乃ちゃんと言えば、記者クラブのマドンナです。知らないはずありませんよ」
「今朝、桜井春乃さんのご遺体が発見されました。他殺です」
 村田は淡々と告げる。
「コ、コロシ!?」岩見は息を呑んだ。
「桜井さんの遺体は、岩見さん……あなたの自宅マンションで発見されたんです」
「!?」
 岩見は絶句したまま、目を見開くしかなかった。
「中央日日新聞社事件記者、岩見孝太郎さん。毎夕新聞社事件記者の桜井春乃殺害容疑で任意同行願います。時間、6月17日午前11時3分。確保」

《第1章 終わり》

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