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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第10章(その2) 「連続殺人」

著:酒井直行/原案:島田一男



第10章 (その2)
「連続殺人」

 警視庁刑事部部長は、警視庁の中でも極めて重要な役職であり、この職を経験した者はほとんど例外なく警視庁の中枢部へと昇りつめることが約束されている。最高位の警視総監にまで昇進した者も多い。
 相沢が緊張した面持ちで刑事部部長室をノックしたのは、6月20日20時40分のことだった。
「相さんや、そんなにビビる必要はないよ。相手はネモヤンだぞ。今でもあの笑顔で出迎えてくれるはずじゃ」
 相沢のすぐ後ろに控えていた八田が豪快に笑う。だが、八田の後ろに居並んでいる面々、つまり、新日タイムスの熊田、中央日日の浦瀬、毎朝新聞の鶴岡、そして毎夕新聞の市村らは誰一人も笑ってはいない。
 刑事部長の部屋にはすでに、捜査一課2班の村田巡査部長、7班の松島警部補、捜査二課の美藤警部が勢揃いしていた。
 そこに桜田記者クラブの全新聞社のキャップが集結したのだ。おまけで八田も。刑事部部長室は異様な熱気に包まれている。
「ようこそ。記者クラブのみなさん。ご無沙汰しております」
 出迎えたのは、この部屋の主である刑事部部長の根本警視正である。
「ハッチャン、まだ現役だったんですね。もうとっくに定年なさっているとばかり思っていました」根本が軽い口ぶりで八田に笑いかける。
「定年しとるに決まっとるじゃろ。お前さんより年上なんじゃから。今は嘱託で後輩の指導係やっとる」八田が根本にタメ口を叩く。
 そんな八田の言葉遣いに、村田がハラハラしながら聞いている。
「そんな顔せんでもええ。ネモヤンとワシとは、いくつもの難事件を解決しあった仲じゃ。偉くなっても、ネモヤン、ハッチャンの仲じゃ。そうじゃろ?」
 八田が根本を上目遣いで見る。
「もちろんです」根本が笑った。「それで、記者クラブの全社キャップがお揃いで、なにかご相談があるとか?」
 根本の質問に相沢が答える。
「今回は、我が桜田記者クラブのメンバーである岩見孝太郎の件でご迷惑をおかけしております。事件の真相を解明するためには、現在、逃亡を続けています岩見……いえ、ガンさんの一刻も早い身柄拘束が必要かと考えております。そこで我々記者クラブの全新聞社が一致団結して、明日の朝刊に3行広告を出そうかと考えているんです。ご承認いただけますでしょうか?」
 相沢はあえて、途中で質問が飛ばないよう、早口でまくし立てた。
「つまり、現在もどこかに潜伏している岩見孝太郎に自首を促すため、新聞各紙が朝刊に同じ内容の3行広告を出す。こういうことですか?」
 根本が相沢の顔をじっと見つめながら確認する。
「はい。更に付け足せば、自首する場所と時間を指定する文面にしますので、刑事さんたちに指定場所の周囲を包囲してもらえればと思っております」
 相沢の提案に、根本がウンウンと納得したように頷いた。そして村田、松島、美藤と、それぞれの事件捜査担当責任者に一人ひとり同意を促す。
 3人の捜査責任者は同時に頷いた。その上で、
「我々としても願ったりの話ではありますが……毎夕新聞さんはよろしいんですか?」
 村田が、被害者側である市村の顔色を窺う。
「ウチとしても、我が社の桜井くんを殺した犯人を逮捕するためです。喜んで協力いたします」
 そう言いながら市村は、チラッと中央日日の浦瀬を睨む。
 浦瀬は、その視線を受け止めることができずに申し訳なさそうに下を向いた。
「これで決まりですね。了解しました。我々も協力しましょう。それで、投降を呼びかける文面は決まっているんですか? くれぐれも、岩見孝太郎以外の人間には分からない文章にしてもらえますか? 投降場所に野次馬が大勢集まってしまうと、肝心の犯人逮捕も失敗に終わります」
 根本が相沢に具体的な3行広告の文面を尋ねる。
「その点は問題ありません。ガンさんだけが解読できる暗号での文面を準備いたしました」
 相沢が自信たっぷりに宣言した。

 翌朝、6月21日の新聞各社全ての朝刊一面の一番左下に次のような3行広告が掲載された。
『333個のたい焼き 虫歯治療 正午予約済み』
 まさしく暗号文である。文面は中央日日の浦瀬と東京日報の相沢の合作アイデアだ。
 甘いものにも目がない岩見は、特にたい焼きが大好きで、芝公園の東京タワー近くの老舗和菓子屋の自家製小倉餡がたっぷり詰まったたい焼きを贔屓にしていたという。333個というのは東京タワーの高さである。そして虫歯治療というのは、たい焼きを売っている老舗和菓子屋のすぐ目の前が増上寺であり、その境内には、甘いものが好きすぎて、虫歯を起因とする脚気で弱冠ハタチで急死したとされる江戸幕府第十四代将軍、徳川家茂の墓があった。
「こんな意味不明の暗号文で、本当に、岩見は増上寺にやってくるのか?」
 刑事部部長室で、事前に準備した文面を提示した相沢に、さすがに警察諸氏は首を傾げる。なるほど、これを読んだ一般購読者が暗号を解読することはないだろう。だが肝心の岩見本人も解読できなければ意味がない。
「ご心配いりませんよ。実は今から1年ほど前、ウチの紙面で、東京の観光名所とその近くの美味しいお店とをセットで紹介するコラムを連載したことがありまして、記者は毎週交代で執筆したんですが、増上寺を特集した際、執筆したのが岩見でして、その時、ヤツが紹介したグルメがこの和菓子屋のたい焼きだったんです」
 浦瀬が自信たっぷりに答えた。
 その説明を聞き、誰もがなるほどと納得した。
 そして21日の正午前、正確には午前11時45分頃、相沢と浦瀬だけでなく、新日タイムスの熊田、毎朝新聞の鶴岡たちが増上寺境内に集まった。毎夕新聞の市村だけは、岩見を見つけたら、怒りのあまり殴りかかってしまいそうだという理由で、現場に行くことを拒否していた。
 もちろん増上寺境内には4人のキャップたちだけではない。彼らを遠くから監視する総勢50人を超える警察関係者が密かに取り囲んでいた。

 ちょうどその頃、東京日報の山崎と伊那の2人の記者は、タクシーを降り、とある場所に立っていた。
「ここ、どこですか?」
 伊那が不思議そうに、目の前にそびえる電波塔を見上げている。
「あれか? あれは田無タワーっていってな、電波塔だ。つまりは、多摩地区の東京タワーのようなものだ」
 山崎が事もなげに答えた。
「記者クラブ各社のキャップたちはみんな、東京タワーの近くのお寺に集結して岩見さんの投降を待っているのに、なんでオレと山崎先輩だけ、こんな東京タワーもどきの低い電波塔に来なきゃ、いけないんですか?」
 伊那が不満そうにボヤく。
「ガンさんの身柄を確保するために決まってるじゃないか」
「え?」
 伊那が耳を疑った。山崎の言っている言葉の意味が全く理解できずにいた。
「ウチのキャップはな、一世一代の大博打を打ったんだよ。警察とライバル新聞社に協力させると見せかけて、ウチだけ、別の3行広告を例の広告の隣に内緒で打っていたんだ」
 そう言うと山崎は、持参してきた今朝の東京日報朝刊の一面を伊那に見せた。
 伊那が奪うようにそれを手にすると、3行広告の欄を見た。
 例の『333個のたい焼き 虫歯治療 正午予約済み』のすぐ右隣に、
『大石様 お約束のお昼 雅な東の西 195人と一緒に祝杯をあげましょう』というこれまた意味不明な暗号文が掲載されていた。
「なんですか、これ?」
「もちろんガンさんへのメッセージだよ……正午にここに来てくれという」
「でも岩見さんじゃなくて大石様宛てになってますよ?」
 伊那の頭の中はハテナマークで埋め尽くされている。
「それは大石内蔵助だ」
 山崎がさも当然のように答えた。
「忠臣蔵の?」
「そうだ。伊那ちゃんは、忠臣蔵の討ち入りがいつだったか覚えているか?」
「年号は忘れましたけど、月日は知ってます。12月14日でしょ」
「お、ご名答」
 山崎が感心したように拍手する。
「バカにしないでくださいよ。それより早く、この暗号文を解読してください」
「悪い悪い。つまり大石様で12月14日を連想させるわけだ。次に雅な東の西、これは、ここ、西東京市を暗号化したもので、195というのは田無タワーの高さを表している」
「さっぱり意味が分かりません」
 伊那はずっと首を傾げたままである。
「ま、無理もないな。いいか、田無タワーは今じゃあ西東京タワーと名前を変えている……そもそも東京は、京都の東に作った都という意味だ。そして平成の大合併で、よせばいいのに、田無という古くからの伝統ある地名を捨てて、この地は西東京市という名前に変えた。市内には田んぼが一つもないから田無という地名だったのに残念だ……雅といえば京都。京都の東の都で東京。その東京の西側にあるから西東京。全くもってセンスのない地名だとは思わんか?」
 山崎がなぜか興奮しつつ、西東京市の名前の由来について意見し始める。
 伊那はそれを苦笑いで聞き流しつつ、「やっぱり意味が分かりません」と更に首を傾げた。
「ああ、そうだった。肝心のことを言うのを忘れていた。去年の12月14日、つまり忠臣蔵の討ち入りの日、オレとガンさんは、ここ、この田無タワーのこの場所で、連続殺人犯の西尾をおびき出し、田無署の上野刑事が犯人を逮捕するお膳立てをしたんだ」
「例の、新聞協会賞を貰ったっていう、連続殺人の真犯人を暴いたっていうアレですか?」
「そうだ。つまりは、芝公園の増上寺で待つという3行広告は囮で、こっちがガンさんに向けた本当のメッセージだったんだ」
 山崎がニヤリと笑った。
「どうしてそんなややこしいことを?」
「決まってるじゃないか。地検からの脱走はともかく、ガンさんは人を殺してはいない。おそらく真犯人にハメられているんだ。だとしたら、一刻も早くガンさんの身柄を確保しなければ、今後はガンさんの身に危険が迫るはずだ」
 とそこへ、山崎と伊那の目の前に一台のセダンが急停止する。その車種を見て、山崎がシマッタという顔をする。
 スカイライン。それも見覚えのある機動捜査隊の捜査車両だ。
 まず助手席から美藤警部が降り立った。
「美藤警部!? どうして!?」
 山崎が悲鳴に似た声を上げた。
「増上寺の方を囮にして、東京日報だけがまんまと岩見孝太郎を確保し、スクープ記事にしようという算段だったんだろうが、警察を甘く見るなよ。あの暗号文を解読できるのは、お前と岩見孝太郎だけじゃないのを忘れたのか?」
 美藤が山崎を睨みつけた。
 次に運転席のドアが開き、機動捜査隊の上野隊員が山崎の前に立つ。
「ヤマさん、ライバル新聞社を出し抜くのは理解してあげますけど、我々警察まで騙すのはいただけません」
 上野も怒っているようだ。
「そうだった……上野さんがいたんだった」
 山崎が小さくため息を漏らす。
「昨日、赤坂の公園でお話ししたでしょう。私と彼はね、私が五日市警察署時代、何度か一緒に仕事をした仲だと……今朝、例の新聞広告を読んだ彼から連絡が入ったんだ。各社一斉に掲載した3行広告の隣に、東京日報だけ気になる別の広告があるとね」
 美藤の言葉を聞きながら、山崎はバツが悪そうに上野を見た。
「上野さんのことをすっかり忘れていましたよ」
「でもすごいですね。あんな意味不明な暗号をちゃんと解読した人がいるなんて」
 伊那が微妙な空気を察するかのように元気よく話しかけたその時だった。
 ドスンと塀の向こうで何かが倒れる音がする。と同時に、男性の呻き声のようなものも聞こえてくる。
「あっちだ」
 美藤と上野、そして山崎が駆け出す。伊那も慌てて走り出す。
 塀を超えた向こうのアスファルトに誰かが倒れている。
 頭から血が流れている。
「ガンさん!?」
 山崎と上野が同時に叫んだ。
「岩見なのか!?」
 美藤も叫ぶ。
 そして一同が駆け寄った。
 そこに倒れている人物は紛れもなく、中央日日の岩見孝太郎その人だった。
 後頭部に殴られたような傷跡がある。そしてそこから大量の血が噴き出している。
 美藤が止血するべく、自分のハンカチを岩見の頭の傷の上に当てる。白いハンカチが一瞬で真っ赤に染まった。
「救急車を! いや、直接、通信指令センターに連絡しろ。多摩地区周辺を緊急配備で包囲しろ!」
 美藤が上野に指示を出す。
「了解!」
 上野が叫び、すぐさま通信端末を手に、警視庁通信指令センターへアクセスする。
 岩見の意識はない。
「ガンさん! しっかり! しっかりするんだ!」
 岩見を介抱する山崎の悲痛な叫びが周囲に響き渡る。
 山崎の呼びかけに、岩見は一向に反応する気配がない。頭を殴られ、地面に倒れた衝撃で意識を完全に失ってしまっているようだ。
「どうなっているんだ一体!?」
 伊那はその場の状況が理解できず、呆然と突っ立っているだけだった。
「何をやっているんだ! お前は取材するんだよ! ガンさんを殴った犯人がまだ近くにいるはずだ。取材だっ! 急げっ!」
 山崎が伊那を怒鳴りつけた。
 しかし伊那は何もできずに、その場に立ち尽くすのみである。
 美藤と山崎が必死に血止めをしようとしているのだが、岩見の頭の傷からは、とめどなく鮮血が噴き出し続けている。
「ガンさん! 死ぬな! ガンさんっ!」
 山崎が倒れた岩見に向かって、ずっと叫び続ける。
だが岩見の意識は戻らない。
 遠くから、救急車とパトカーのサイレンが重なって聞こえてくる。
 その音がだんだん近づいてきても尚、岩見が覚醒することはなかった。

《第10章 終わり》

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