2021年4月の「無人駅句会」は11名が参加しました。今回は東氏が選句した11句の俳句をご紹介いたします。

東京を踏む清明のスニーカー　　　　　　　　　河野けいこ

　清明（せいめい）は二十四節気の一つで、清く明るい気が満ちる、という意味。これからの東京での大学生活に心を新にして、希望に満ち溢れているのだ。新しいスニーカーで東京の地を踏んだ感慨はいかばかりのものか、想像に難くない。「東京を踏む」という大胆な措辞は見事と言う他はない。佳句である。季語「清明」（春）。

鳥雲に悲しきことは置ひてゆけ　　　　　　　　岡本哲典　　　　　　

　「鳥雲に」は「鳥雲に入る」を略した言い方。「鳥帰る」と同義だと思ってよい。日本で越冬した冬鳥が、北方へ帰ってゆくさまである。越冬には悲喜こもごもあっただろうと、擬人的に思いを馳せているのだ。「悲しきこと・・・」は自分への感情移入が過ぎたか。一抹の寂しさが漂う。季語「鳥雲に」（春）。

桜散り鳩がきょとんとしてをる　　　　　　　　しづか

　いつしか公園の桜も散ってしまい、あたりの人影もほとんど疎（まば）らである。時おりジョギングの人、散歩の人といった日常が戻っている。あの喧騒は何だったのだろうと、鳩たちは訝（いぶ）かり、きょとんと小首を傾（かし）げている。その鳩たちの剽軽（ひょうきん）な仕草を思うと可笑しい。季語「桜」（春）。

男坂ゆっくり歩み花御堂（はなみどう）　　　　和夫

　「花御堂」は「花祭り」と言って、四月八日の釈迦の生誕を祝うときの小さな御堂で、誕生仏が安置されている。そして、その立像に甘茶をかけて祝うのである。花御堂は本堂の入り口とか境内に設けられていて、そこにたどり着くまでの坂道が急なのだろう。ゆっくり歩むしかないのだ。季語「花御堂」（春）。

花曇遅き昼餉を買いに出る　　　　　　　　　　熊本妙子

　「花曇」は桜が咲く頃の曇天。桜はまだ散らないが、花見は一段落したのだろう。今は忙（せわ）しい日常が戻っているのだ。遅い昼食となったが、弁当でも買いにスーパーへ。「花曇」に淡々とした生活感を思う。季語「花曇」（春）。

納豆の百回混ぜて夏隣　　　　　　　　　　　　岡田敬子

　糸引き納豆は、よくかき混ぜれば混ぜるだけ旨みが増すと言われる。百回とは念の入れようだが、何か腹立たしい事でもあって気分がむしゃくしゃしていたのかな。でもその事によって気分も落ち着いてきたのかもしれない。陽射しとか空気感に夏の気配を感じ取り、よりいっそう気分も晴れてきたに違いない。季語「夏隣」（春）。

うららかな朝リヤカーに京野菜　　　　　　　　日暮屋

　春の陽射しとか風に心地良いウキウキ感がいっぱい。そんな朝、行商のリヤカーがやってきた。そのリヤカーには京野菜が満載なのだ。京都も「都」を離れるとリヤカーの行商人もいるのだろう。九条葱・壬生菜（みぶな）・加茂茄子・聖護院（しょうごいん）大根など、はたして春の時期にあるのか、まあ、春野菜だが「京」で取れれば京野菜だ。季語「うららか」（春）。

花は葉にいつもの場所の鬼ごっこ　　　　　　　曾田幸二

　もう桜木は花も散って葉桜になろうとしている。柔らかい葉である。夏近し、といった感じだ。その桜木のあたりで子供たちはいつもの鬼ごっこ遊びをしているのだろう。作者の昭和への回想かもしれない。季語「花」（春）。参考、「葉桜」は（夏）。

風力計山の上まで桜かな　　　　　　　　　　　東隆美

　千本桜と言わないまでも、山間部では春ともなると山桜が鎬（しのぎ）を削る。遠景ではあるが春の、桜の華やぎを満喫できる。作者の近くには風力計の回る音が頻（しき）りである。何となく長閑（のどか）である。季語「桜」（春）。

白湯（さゆ）飲んで枝垂桜を見てをりぬ　　　　岡本亜蘇

　枝垂桜の樹齢はソメイヨシノの比ではない。普通に二三百年を超えて、高木でもある。作者はとある枝垂桜の名所で白湯を頂いたのであろう。粋なおもてなしだと思う。真水を沸かしただけの素のあじを味わいながら枝垂桜を眺めるという風情は禅の域である。季語「枝垂桜」（春）。

春風が杏の里へ私へ　　　　　　　　　　　　　東英幸

　杏の里といわれるのは、長野県千曲市にある。旧、更埴（こうしょく）市。杏の畑に杏の花の咲く風景は圧巻であろう。春風が花を散らしながら甘い香りを私に運んでくるのである。少々、少女チックだがお洒落な句になった。女性の思春性をくすぐる。イメージで作った句です。まだ杏の里へは行ったことがないのです。季語「春風」（春）。　

（東英幸 記）

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