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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第2章(その1) 「機動捜査隊」

著:酒井直行/原案:島田一男



第2章 (その1)
「機動捜査隊」

 中央日日の岩見が逮捕されるちょうど2時間前、つまり午前9時を少し過ぎた頃、警視庁とは目と鼻の先の、桜田通りを挟んだ東京地方検察庁にある司法記者クラブの狭いブースに、東京日報のヤマさんこと山崎記者の姿があった。彼は、パソコンのキーボードを叩きつつ、いつものように窓際に備え付けてあるビデオカメラの液晶モニターを時折ちらちらと見つめている。それは彼ら東京地検司法記者クラブに詰めている東京日報事件記者の大切な仕事でもあった。
そして、
「あ」
 と小さく声を上げると、すぐにスマホを取り出し、どこかに電話する。
「キャップ、山崎です。今、よろしいですか」
山崎が電話した相手は、警視庁桜田記者クラブの相沢だった。
「おうヤマさんか。おはよう。ちょっと待ってくれ。移動する」
 電話の向こうの相沢はどうやら桜田記者クラブの各社共有スペースのソファーに座っていたらしく、東京日報ブースへと移動するのが物音で分かる。警視庁記者クラブと東京地検司法記者クラブの造りは似たようなモノである。各社のブースの狭さでいえば、司法記者クラブの方が更に窮屈だったりする。
「もういいぞ。例のヤマ、いよいよ動きだしそうなんだってな」
 ブースの席に移ったらしい相沢が声を潜め、問いかけてくる。
「八田さんからお聞きなんですね。そうです。オレの読みでは、明日の晩か明後日辺りです」
「ご苦労さんご苦労さん。載せるとなったら、紙面調整は任せてくれ。一面4段組でドーンと行くつもりだ」
「よろしくお願いします。だけど、まだいくつか腑に落ちないトコロもあるので追加取材を進めます……あ、でもキャップ。今お電話したのはその件じゃないんですよ」
「ん、なんだい?」
「さっき、そちらの地下駐車場から、機捜らしい捜査車両が出るのを確認しました」
「確かかい?」
 相沢の声が少し緊張するのが電話越しに感じられた。
「シルバーのスカイライン。あれは間違いなく機動捜査隊の捜査車両です。今、確認のため、録画してある映像を再生します」
 そう言いながら山崎は、窓際に小さな三脚で固定してあるデジタルビデオカメラの液晶モニターをタッチし、再生モードに切り替える。すると画面に、先ほど山崎が見ていた映像が映し出された。
 それは、警視庁本庁舎の地下駐車場から桜田通りにつながる出入り口をズームアップしたアングルの映像だった。
画面の下半分は、東京地検と警視庁との間に建つ赤レンガ造りの旧法務省本館によって若干視界が遮られてはいるが、司法記者クラブが入っている中央合同庁舎第6号館A棟8階から警視庁本庁舎地下駐車場出入り口を狙う画角にはギリギリ影響はなかった。
 1台のシルバーのスカイラインが地下駐車場から桜田通りを出て、右手へ消えていくのがはっきりと録画されていた。
「確認しました。ナンバー、車種共に、機捜車両で間違いないようです。ズームして見ましたが、背広を着た男性2人が運転席と助手席。一瞬でしたが運転手の顔に見覚えがあります。キャップも覚えていますよね? 半年前の西東京市で起きた例の連続殺人事件で、ウチに協力してくれた田無署の……」
 山崎がそこまで言いかけると、相沢がその後を続けた。
「上野くんか?」
「ええ。間違いないです。田無署の上野刑事でした」
「そうそう。そうだった。上野くんは確かに、3ヶ月前、あの事件を見事解決した功績が認められて、田無署から機捜隊に栄転したんだった。これはビンゴだね。ヤマさん、お手柄お手柄。後はこっちで裏取り取材を進めることにするよ。コロシとなったら、応援に来てもらうことになるかもしれんが、いいかね?」
「もちろんです。こっちは明日の夜まで動きそうにありませんから。後で向かいます……そうだ。どうせ警視庁に行くんです。顔出す前に、私が裏取りの方もやっておきますが、いいですか?」
 裏取り取材とは、取材内容が間違っていないかどうかを確認するための念押し取材のことである。この念押しを何回も何回も重ねることで、ガセネタを排し、より真実に近い情報を記事にすることができるのだ。事件記者にとって絶対に欠かすことのできない作業の一つである。
「もちろんだ。助かるよ」
「じゃあ、後で」
 山崎は通話を終えると、窓際のビデオカメラを再び録画モードにセットし、立ち上がる。その足で警視庁に向かうつもりだ。
一方の桜田記者クラブの東京日報ブースでは、電話を終えた相沢が、その隣で電話の内容に聞き耳を立てていた伊那に、
「伊那ちゃん、もしかしたら君は運を持ってるかもしれんな。桜田記者クラブに着任早々、コロシの取材ができるかもしれないんだからね」
と声をかけた。
「コロシ? 殺人事件ですか?」
伊那が目をまんまると見開いた。
「そうだ」
「でも今の電話、司法記者クラブ詰めの山崎先輩からですよね?」
伊那は怪訝そうに首を傾げる。「どうして司法記者クラブから殺人事件の一報ネタが入ってくるんですか? 事件発生の時って、検察も裁判所も関係ないでしょうに」
「君はもしかして、事件の一報は、全部、警察の広報から勝手に降りてくると思ってやしないかね」
相沢が意地悪そうに伊那に質問する。
「全部じゃないでしょうけど、ほとんどはそうなんじゃないんですか? え、違うんですか」
伊那は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で相沢を見た。
「おいおい。よくそんなんで事件記者を名乗ったな」
「キャップ、もう、今朝の件でイジるのはやめてください」伊那が困ったように頭を掻く。
「広報から降りてくるネタだけを記事にするんだったら、記者クラブなんかいらんじゃろ」
狭いブースの奥の席に座り、寛いでいる八田が小さく笑った。
「ですか?……ですね」伊那が頷く。
「いいかい伊那ちゃん」
相沢は、「裏取り取材はヤマさんがやってくれるみたいだし、ちょうどいい機会だから教えておこうか」と前置きしつつ話し始める。
「事件情報、つまりネタっていうヤツを我々事件記者が掴むには大きく4つのパターンがある。一つ目は、さっき言っていた警察広報から降りてくる『大本営ネタ』と我々が呼んでいるヤツ。厳密にはこいつも2種類に分かれていてね、まずは警視庁総務部広報課から一日に数回、A4数枚に、大きな事件小さな事件問わず雑多に箇条書きされた事件広報文ってヤツがFAXで各社のブースに届けられる。だがそこに書ききれない大きな事件は、そこの共有スペースのソファーの横にある記者クラブ専用内線電話に、広報課の担当官から直接電話がかかってくるんだ」
 相沢は、ブースの向こう、記者クラブフロア入ってすぐのところにある応接セット脇の電話機を指差した。
「その電話、誰が取ってもいいんですか?」
「基本は、毎日交代制になっている幹事社の人間が取ることにはなっているんじゃが、まあ、実際は、ソファーで暇そうに座っとる電話に一番近いヤツが取るパターンが一番多いな。つまりはワシじゃ」
 八田が愉快そうに笑った。
「広報課から降りてきたネタは、記者クラブに所属しておる全ての新聞社に平等に伝えなければならないという決まりがあってのお。だから、電話を取った人間は、責任持って全部の新聞社連中にネタ内容を伝えるわけじゃ」
「なるほど」
「大本営ネタだけで新聞記事が書けてしまうなら、特オチすることはないかもしれんが、特ダネを掴むこともできんことになる。そうじゃろ?」
 八田の言葉に、伊那がようやく合点がいったように頷いた。
「そうか。全社一斉に同じネタがFAXなり電話なりで伝えられるだけなら、どの新聞社の記事も同じ内容ばかりになってしまうってことですね」
「それこそ、記者クラブなんてモノの存在理由がなくなってしまう。だがね伊那ちゃん、我々事件記者がいかに特ダネを掴むことができるかは、大本営ネタ以外でどれだけのスクープネタを入手できるかにかかっていると言っても過言じゃないんだよ」
 相沢は、伊那が身を乗り出して聞き入ろうとするのを満足そうに見つめつつ、話を続ける。
「大本営ネタ以外の情報入手ルートの1つ目は、いわゆるタレコミっていうヤツだ。新聞購読者や事件関係者などから電話やメール、手紙などでネタが提供されるパターン。まあ、タレコミってヤツはガセである可能性が9割を超えるから、しっかりとした裏取り取材と証拠集めが必要になるが、時として大スクープにつながることもある」
「はい」
「そしてその次が、懇意にしている警察関係者との人間関係を使って情報を掴む場合。その昔は、夜討ち朝駆けと言って、担当刑事の家まで朝に夜に日参してはネタを仕入れてきたものなんだが、これが今ではずいぶん難しい……このパターンでネタを仕入れてくるのは本当に少なくなってしまった」
「どうしてです?」相沢の淋しげなその言い回しに伊那が興味を持ったようで尋ね返してきた。
「警視庁の職員は例外なく公務員だ。警視以下が東京都の地方公務員。警視正より上は国家公務員となり、いずれにしても、公務員法に定められた強い守秘義務がある。もちろん昔も守秘義務はあるにはあったんだが、その辺りの運用については、刑事一人ひとりの裁量に任されていた。だからこそ、夜討ち朝駆けで毎日顔を合わせる事件記者たちに刑事たちも心を開いてくれて、ネタをそれとなく漏らしてくれたし、我々事件記者も、刑事たちが守秘義務違反にならない範囲で、与えてくれた情報を記事にしてきたんだ。だけど近年、世間一般的にプライバシー保護が叫ばれる中、刑事が担当する事件の内容を民間人である事件記者に漏らすという行為そのものが、れっきとした守秘義務違反になると上が判断したようで、とにかく、ある瞬間から、夜討ち朝駆けでのネタ獲得が難しくなってしまった」
 相沢は伊那に伝えながら、頭の中に、1階セキュリティゲートの本田巡査の顔が浮かび上がる。そういえば、彼ら末端の警察官たちと親しく話せなくなってしまったのも、同じ頃からだったなあと思い出していた。
「そして最後が、我々事件記者の独自のルート、独自のネタ元、取材源から情報を掴むパターン。今回はそれに当たる」
「司法記者クラブからネタを掴むのが独自のルートなんですか? おっしゃっている意味が分かりません」
伊那が首を傾げるのを見て、相沢は、「そこの地図、取ってもらえますか」と八田の背中越しの本棚にある東京都二十三区住宅地図を指差した。そして八田から地図を受け取ると、千代田区の頁を開き、
「僕たちのいる警視庁はここ。警視庁本庁舎の地下駐車場の出入り口はこことここ」
と、地図の中から警視庁本庁舎を探し当て、細かな位置関係を伊那に教える。
「桜田記者クラブがあるのは本庁舎のこの辺りだから、どんなに頑張って窓の下を覗き込んでも、駐車場出入口は見えないのは分かるよね。でもね、ほら、桜田通りを挟んだここ、東京地検の司法記者クラブが入っている中央合同庁舎6号館A棟8階の位置からは、旧法務省本館が若干邪魔するけど、駐車場出入口が正面に見えるのが分かるかい?」
「もしかして、司法記者クラブ詰めの事件記者がずっと警視庁の地下駐車場出口を監視しているっていうことですか?」
「その通り。もっとも最近じゃあ、ビデオカメラでズームして撮影しているから、双眼鏡で覗いていた頃から比べるとずいぶん楽になったんだけどね」
「まだ分かりません。どうして、警視庁の駐車場出入口を見張っていると、殺人事件のネタを掴めるんですか?」
「我々は機捜車両をマークしているんだ」
 相沢がここぞとばかりに得意げに言い切った。
「キソウシャリョウ?」
 漢字に変換できず未だ怪訝そうな表情の伊那を哀れんで、八田が机の上のメモ帳に、『機動捜査隊捜査車両』と走り書きし、機と捜と車両の4文字を丸で囲んだ。
「機動捜査隊、略して機捜。捜査一課が担当する殺人、強盗などの重要事件の初動捜査のみに出動する初動捜査専従の特殊執行部隊のことじゃ。所轄の刑事や鑑識よりも早く現場に駆けつけ、現場の証拠を保全し、時には犯人特定の手がかりを誰よりも早く見つける任務を帯びた連中のことじゃよ」
 八田の言葉に、伊那が目を輝かせる。
「そうか! 機動捜査隊の車両が出動するということは、つまり、殺人事件などの凶悪犯罪が起きたことの証明になるわけですね! だから駐車場出入口を監視して、機動捜査隊の車の出入りを……」
「そういうことじゃ」伊那の解答に八田が満足そうに頷いてみせた。
「昔はよかった昔はよかったと、そればかりになってしまうが、ワシらと刑事たちがツーカーの間柄じゃった頃は、機動捜査隊が動き出す前に、捜査一課の顔馴染みの刑事がここに顔を出して、『コロシの一報が入ったけど尾いてくるかい?』なんて声かけてくれたもんじゃ。その言葉に甘えて、ワシらは、新聞社の旗立てたハイヤーに乗って、捜査車両の後を尾いていけばよかった時代もあった。そして現場に到着したらしたで、機動捜査隊と鑑識の実況見分が終わった後、短い時間じゃが、殺害現場を写真に収めさせてくれたりもしたもんじゃ。だがそれもこれも、時代が許さなくなってしまったわ」
 八田が昔を思い出し、しみじみと語った。
「新聞記者が殺人現場に立ち入ることができていたなんて、凄すぎます」
 伊那が興奮して自然と大声になりつつあるのを、相沢が口に指を立て、静めようとしていたちょうどその頃、千代田区神田神保町の古本屋街から一本裏通りに入ったところの4階建てマンションの下にシルバーのスカイラインが静かに停車する。

《つづく》

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