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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第11章(その1) 「仮説」

著:酒井直行/原案:島田一男



第11章 (その1)
「仮説」

 西東京タワーの真下で頭から血を流した状態で発見された岩見は、救急車で中野にある東京警察病院に運ばれた。
 警察病院では緊急の救急手術が行われたが、岩見の意識が戻ることはなく、そのまま警察病院の集中治療室で24時間の制服警官の監視つきでの治療が続けられることになった。
 捜査一課の厳しい事情聴取を終え、東京日報の山崎と伊那がぐったりとした様子で桜田記者クラブへと戻ってくる。21日の夕方6時を回った頃である。
 そんな2人を、他社の記者連中が今か今かと待ち構えていた。
 記者クラブに入ってすぐのところにある共有スペースのソファーの周囲を、毎夕新聞を除く全ての新聞社記者が取り囲んでいる。そして入ってきた2人を睨みつけている。
「た、ただ今、戻りました」
 痛いほどの視線を突きつけられ、伊那は怯みつつ頭を下げた。
「ヤマさん、伊那ちゃん、お疲れのところ悪いが、ここに座ってくれないか」
 先にソファーに座らされていた相沢が苦笑しつつ、自分の隣の空いたスペースに2人を手招きする。
「キャップ……もしかして、今から、ですか?」
 相沢の隣に座りながら山崎は、これから起こる出来事を想像し、小さくため息をついた。
「はい。今からです。2人が戻るのを待っていてくれたんです」
 相沢は申し訳なさそうに山崎の耳元で囁いた。
 一方の伊那は、目を白黒させながら、周囲にズラリと居並ぶ他社の記者たちの険しい顔つきを見回している。何が始まるのか全く想像がついていない様子だ。
「伊那ちゃん、そんなにビビらなくても大丈夫です。今から、ウチの糾弾大会が始まるだけですから」
 相沢が肩をすくめて言う。
「糾弾大会!?」
 伊那の素っ頓狂な声を開始の合図に、他社からの糾弾が始まる。
「オレは東京日報に失望した」
 真っ先に口火を切ったのは新日タイムスの熊田キャップだ。
「相さんの申し出に全社が乗り、今朝の朝刊に3行広告を載せたのも、心からガンさんの出頭を願えばこそだったはずです。そこにはスクープ記事を書くとか、他社を出し抜くとかの功名心はなかった。みんなもそうだろう?」
 熊田の問いかけに、中央日日、毎朝新聞の記者たちも大きく頷いた。
「それが何ですか! 蓋を開けてみたら、増上寺はダミーで、田無タワーにガンさんを誘導して、東京日報だけのスクープ狙いだったなんて。オレは、いや、オレたちは、相さんを見損ないましたっ!」
 そうだそうだと、新日タイムスの荒木記者、中央日日の浦瀬キャップ、毎朝新聞の鶴岡キャップ、亀田記者らが口を揃えて相沢を批難する。
「この度は、本当に申し訳ございませんでした」
 まるで台本でもあるかのように、相沢が大げさにしょげ返った素振りで深く頭を下げた。
「思慮深い相さんのことです。スクープを抜く目的以外に、本当は、何か別の意味でもあったんじゃないんですか?」
 新日タイムスの荒木が訝しげに相沢を見た。
「いやいやアラさん。それは買いかぶりすぎっていうものですよ。私があなた方を増上寺に集めた一方で、ウチの山崎と伊那を田無タワーへと向かわせたのは、ズバリ、ウチだけの独占スクープを勝ち取りたかったためだけです。本当にすみません」
 相沢が苦笑しつつ、もう一度頭を下げた。
「額面通りに受け取れないなぁ」荒木が尚も不審そうに相沢を斜めに見ている。
「ヤマさんと伊那ちゃんの方はどうなんだ? 捜査一課の取り調べで、何か新しい情報をゲットしたんだろう。それを教えてくれれば、少しはチャラにしてやってもいいんだが」
 熊田が、山崎と伊那を睨みつける。その鋭い眼光にビビった伊那が何かを言いかけるが、
「いやいや……それが、オレも伊那ちゃんも、とにかく、お前たちがガンさんの逃亡の手伝いをしていたんだろう、どこに隠していたんだと、そればっかりを質問されまして……結局、刑事たちから入手できた情報なんて皆無でした」
 山崎が、口を開きかけた伊那を押しのけ、早口でまくし立てる。
 ソファーの周りで腕組みしている記者連中の中で、山崎の言葉をそのまま信じている人間など一人もいないはずだ。だが誰も、そこから先の追及はしない。それが桜田記者クラブの暗黙のルールだった。
「とにかく、共同戦線はもう終わりです。ここからは各社、独自にやらせてもらいます」
 鶴岡の宣言に、熊田と浦瀬が同時に頷いた。そして相沢、山崎、伊那をきつく睨みつけると、それぞれ、自分たちのブースへと去っていく。キャップに続けと各社の記者たちも続いた。
 まるで一瞬巻き起こった竜巻のように、怒涛のように押し寄せ、アッという間に通り過ぎていった。
 伊那は、自分たち以外誰もいなくなったソファーに座り込んだまま口をポカンと開けている。呆気にとられていたのだ。
「今の、なんだったんですか?」
「だから糾弾大会さ。同じ部屋でライバル会社が仕事を続ける上での形だけのイベントさ」
 山崎がヤレヤレと頭を掻きながらボヤく。
「みんなだって、本心からウチを批難したいわけじゃない。他社を出し抜いてスクープ記事を書くのが事件記者の使命である以上、キャップがやったことはちゃんと理解してくれている。ただ、ああして、形だけでも糾弾して、形だけでも謝罪しておかないと、次へ進めないからね」
「そういうことです。伊那ちゃん、あまり気にしなくてもいいですからね。みんな気心の知れた連中です。とはいえ、このままここで会議をするというのもさすがに気まずいですから、場所を変えるとしますか」
 相沢が、よっこらしょと言いながら立ち上がった。

 相沢たちが向かったのは、小料理屋ひさごだった。
 暖簾をくぐり、店内に入ると、小上がりの座敷の方から「こっちじゃこっちじゃ」と聞き慣れた声がする。八田だった。
「おチカさんに無理言うて、店が開く前からここに避難させてもらっておったんじゃ。なんせ、記者クラブでは針のムシロじゃったからのぉ」
「すみません」相沢が頭を下げる。
「ええんじゃええんじゃ。で、例の糾弾大会は無事終わったのかいのぉ?」
「ええ。つつがなく」
「ワシはあの偽善に満ちた段取り芝居がどうも苦手でのぉ。ま、とにかくお疲れ様。一杯やりながら話そう」
 八田が、相沢、山崎、伊那を座敷へと迎え入れる。
 めいめい、ビールで軽く喉を湿らせると、相沢が「それじゃあ、話を整理しましょうか」と一人ひとりの顔を見回す。
「ではまずはオレから。捜査一課で事情聴取を受けたおかげで、いろいろと分かったことがあります」山崎が手を挙げる。
「ガンさんの怪我の原因は後頭部裂傷と脳挫傷。その他にも、頭蓋骨底骨折に、一部、脳内出血もあるそうです。いまだ意識不明の状態が続いていますが、生命の危機は脱したようです」
「それはよかった」相沢が心から安堵する。
「凶器は現場近くに落ちていたレンガのブロック。既に捜査一課が血のついたブツを押収済みで、その血痕はガンさんのモノと断定されているようです。犯人の目撃情報はなし。以上です」
 山崎が取材メモに書き記した内容をまとめて伝えた。
「じゃあ犯人は、背後からガンさんを殺そうとレンガで襲ったわけじゃな。となると、犯人もウチの3行広告を解読して、田無くんだりまでやってきたというわけか、はたまた、ガンさんの行動を先回りできた人間なのか……うーむ」
 八田が腕を組んで犯人像を想像し始めようとするが、それを伊那が慌てて制する。
「いいえ。捜査本部の考えは違うようです。僕が事情聴取で聞きかじった情報では、捜査本部としては、ガンさんは自らの手で頭の上にレンガを落とし、何者かに襲われたように自作自演を演じたつもりが、想定以上に傷を負い、意識不明になったものと推理しています」
「なんじゃそれ?」
 八田が、飲んでいたビールを口から吹き出してしまった。
「ガンさんが自作自演!? 捜査本部の奴らめ、どうやっても、ガンさんを犯人に仕立て上げたいつもりなんじゃな」
「捜査本部がそう推理しているということは、レンガの表面からは、犯人の指紋が検出されなかったということですね?」
 おしぼりでこぼれたビールを拭きつつ、相沢が冷静に分析する。
「その通りみたいです。ガンさんの指紋だけがハッキリとついていたようですが、犯人の指紋はマッタク……」
 伊那が首を横に振る。
「またしても、ガンさんの指紋か……」
 山崎が小さく呟くのを相沢が聞き逃さなかった。
「ヤマさん、今、なんと?」
「いえ、ですから、春乃ちゃんが殺された現場でも、露木秘書の転落死の現場からも、ガンさんの指紋がハッキリと検出されています。両方の事件とも、このガンさんの指紋が決定的な物的証拠となって、彼の犯行と断定されているわけです。そして今回も……」
 山崎の説明を受けながら相沢が少し首を傾げつつ、目を細めた。
「なるほどなるほど。ということは、逆に言うとですよ、それらの指紋が検出されなければ、ガンさんが犯人であるとは決めつけられなかったわけですよね?」
「ええ……まあ、物的証拠はそれだけじゃないので、いずれはガンさんが怪しいとはなったでしょうが、こんなに早くは……」
 山崎がこれまでの取材で見聞きした刑事たちの言動を思い出しつつ、捜査本部をフォローする。
「相さんや、お前さん、なにを考えておるんじゃ?」
 八田が、向かいの席で、珍しく眉間にシワを寄せ考え込んでいる相沢を見てニヤリと笑う。八田は何かを期待していた。
「八田さん、確か、科捜研の今の副所長は、根本刑事部長が捜査一課で刑事だった頃の鑑識官の……えーと、なんていう名前でしたか、あの、背の高い面長の……」
「有賀くんじゃよ。有賀哲夫。アダ名はアリ。あいつもネモヤン同様、ずいぶんと出世したものじゃ。まさか科捜研の現場トップにまで昇進するとはのぉ」
 八田が昔を懐かしむように笑った。
 ちなみに警視庁の科学捜査研究所は、所長職は警視庁刑事部からの天下りの警察官が拝命する決まりとなっており、現場を統括する研究員のトップは副所長が務めることになっている。
 八田が現役の事件記者だった頃、今では警視庁中枢で指揮を執る根本刑事部長も有賀科捜研副所長も、若き刑事、若き鑑識官として、事件捜査に奔走していた。八田とはそれから続く仲であり、今でも、「ネモヤン」「ハッチャン」「アリ」と親しく呼び合える関係性を保っていた。
「その有賀さんに頼んで、3つの現場から検出されたガンさんの指紋、つまり、桜井くんの首を絞めたとされるヘアドライヤーに残された指紋と、露木秘書の背広に付着していたとされる指紋、そして今回のレンガの指紋、3つ全部の写しを手に入れることはできませんかね?」
「昔と違って、やれセキュリティがどうだ、やれプライバシー保護がどうだとうるさく言われるじゃろうが……まあ、ダメ元で頼んでみよう」
 八田が渋々承諾する。
「ありがとうございます。じゃあ、次にヤマさん。あなたにも動いてほしいことがあります」
「なんでしょう?」
 山崎がグイッと相沢の前に身を乗り出す。
「捜査本部は、桜井くん殺害事件の動機を、男女関係のトラブルだと推理して動いているようでしたが、第2、第3の事件が起きた今でも、それはまだ生きていますか?」
「もちろんです。裁判になれば裁判員裁判になります。6人の裁判員に選ばれる一般市民への心証を考えてみても、恋愛やお金絡みでの殺意というのが一番理解させやすいですしね」
「それ、取材で徹底的に調べあげてもらえますか?」
「了解です。でも……」
 山崎が言いよどむ。
「なんですか?」
「もし……もしですよ。徹底的に取材した結果、やっぱりガンさんと春乃ちゃんが交際していた事実が明らかになってしまったら……」
 山崎が言いにくそうに相沢を上目遣いに見る。
「そうなったらそうなったまでです。とにかくヤマさんは、ガンさんと桜井くんの恋愛関係が真実だったかをとことんまで洗ってください。人手が足りないようでしたら、浅野のダンナにも手伝ってもらってください。そして……伊那ちゃん」
 相沢が伊那に向き直った。
「はいっ!」
 伊那が待ってましたとばかりに姿勢を正し、相沢を真っ直ぐに見た。
「伊那ちゃんにはですね……特別にやってほしいことがあるんですよ」
「オレ、何でもやります!」
「頼もしいですね。じゃあ一つ、スパイをやってもらいましょうか」
「スパイ、ですか!?」
「そうです。極秘任務です」
 相沢が冗談めかした言い回しで言った。しかしその目は全く笑っていなかった。

《つづく》

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