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「家族八景/七瀬ふたたび/エディプスの恋人(七瀬3部作)」(作:筒井康隆)の思い出

更新)

脚本家・酒井直行と筒井康隆の本との出会い、そしてご本人との触れあいと思い出

まいぷれ編集部Sです。友人である脚本家の酒井直行氏から、筒井康隆氏との思い出について寄稿してもらいましたので、こちらに掲載いたします。

 

酒井直行:日本脚本家連盟員

代表作として、ドラマ「嫌われ監察官 音無一六(テレビ東京系/小日向文世主演)」シリーズ、「医療捜査官 財前一二三(フジテレビ系/高島礼子主演)」シリーズ、「箱根湯河原温泉交番(日本テレビ系/船越英一郎主演)」シリーズ、「京都金沢わらべ歌殺人事件(日本テレビ系/賀来千香子主演)」シリーズなど。アニメ「ドラえもん(テレビ朝日系/大山のぶ代時代)」、特撮ドラマ「忍風戦隊ハリケンジャー(テレビ朝日系)」、「百獣戦隊ガオレンジャー(テレビ朝日系)」、ゲーム「鬼武者(PS2/カプコン)」、「ゼルダの伝説ふしぎの木の実(ゲームボーイアドバンス/任天堂)」。映画「へっぽこエスパーなごみ!」。漫画原作「裁いてみましょ。(集英社/作画:きら)」、「獣星記ギルステイン(小学館/作画:田巻久雄)」、「医療捜査官像王(秋田書店/作画:長尾文子)、「あいうえ、お受験!(集英社/作画:夏芽あこ)」、小説「オルガナー~さよなら、もう二人の麻里子~(集英社)」、「事件記者(新波出版/Amazon kindle)」、「死への目撃者(新波出版/Amazon kindle)」「あみたん娘。(PHP出版)」など。

 

酒井直行 談

 

こんにちは。脚本家の酒井直行です。いきなりですが、僕が文筆業に進むことができたのは、間違いなく、筒井康隆と手塚治虫と高橋留美子のおかげと言い切ることができる。彼らは僕の神様である。もちろん、その他にも、小松左京、星新一、太宰治、夏目漱石、谷崎潤一郎、鳥山明、あだち充、松本零士、藤子・F・不二雄、藤子・A・不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、ちばてつや、いがらしみきお、細野不二彦、島本和彦、小林まこと、萩尾望都、アガサ・クリスティー・江戸川乱歩・エドガー・アラン・ポー、コナン・ドイル、押井守、宮崎駿、モーリス・ルブランらも、我が血となり肉となった神々しい存在である。そしてプロの物書きになった後も、浦沢直樹、いくえみ綾、宮部みゆき、東野圭吾、伊坂幸太郎らの強い影響を受けていることは間違いない。

 

そんな数多くの神々の中でも、僕が物心ついて最初に夢中になったのが、筒井康隆である。おそらくは保育園か幼稚園の頃。僕には3つ上と5つ上に2人の兄がおり、彼らも揃って小説(特にSF)と漫画が大好きだった影響で、僕の文学の目覚めはかなり早かったのだと思う。

 

小学校2年生の夏休み明けのこと。

夏休みの宿題で、クラス全員が読書感想文を提出し、それぞれ読み上げるという授業があった。実は、僕は、1学期終わりに、夏休みの宿題帳をもらった当日に、読んでもいない本で、すでに400文字の原稿用紙1枚以内という制限にもかかわらず、5枚の大作を仕上げていた。

 

読んでもいない本、というところがポイントである。

実は僕はこの時から、すでに筒井康隆流の創作術を身につけていた。具体的にいうと、読書感想文の課題図書を手にすると、目をつぶり、エイヤとばかりにどこでもいいので、ページを開く。

 

この時の僕たちの課題図書であった夏目漱石の「坊ちゃん」を例にあげると、ちょうどそのページに、

『おれはいきなり袂へ手を入れて、玉子を二つ取り出して、やっと云いながら、野だの面へたたきつけた。玉子がぐちゃりと割れて鼻の先から黄味がだらだら流れだした。』という、あの一番有名なクライマックスシーンがあったとする。

 

すると僕は、読書感想文の冒頭にこう書いたのである。(以下の文章は、大人になった今の僕が、昔を思い出して書いているが、当時は、もっとつたない、ほとんどひらがなだけの、もっと乱れたものだったのは言うまでもない)

「夏目漱石の『坊ちゃん』で僕が一番記憶に残ったのは、坊ちゃんが野だいこに生卵をぶつけるシーンです。実は僕にも、生卵をぶつけた思い出があるからです。ちょうど去年の夏休み、それは~」

と、「坊ちゃん」の読書感想文にもかかわらず、冒頭に少しワンシーンを書いただけで、そこから先は、自分の思い出(という名の創作物語)を書き始めた。もちろん、その当時の僕には、生卵をぶつけた思い出などない。でも適当に書いた。母方のおばあちゃんの家(鬼北町)に行った際、母方の祖父母は農家だったので、庭に、ニワトリを飼っていて、朝、その卵を回収しようとお手伝いした際、野良犬がわんわん吠えたので、手にした生卵を野良犬にぶつけて逃げた、的な創作だったはずだ。

 

とにもかくにも、小学校2年生がでっち上げて書いた400文字原稿用紙5枚、つまり2000文字の読書感想文はとんでもなく担任の先生に褒められ、そのまま、松山市の読書感想文コンクールに、小学校代表として提出させられ、見事、市長賞だか教育委員会賞だか、なにかの賞に選ばれてしまった。

 

話は戻るが、夏休み明けの最初の国語の授業の時間。僕は既に提出済みでルンルンだったが、ふと周囲を見回すと、同級生たちの様子がおかしい。ウンウン唸っている。実は、何人もの同級生が、読書感想文を1文字すらかけておらず、それを知った先生が激怒してしまい、未提出の児童は、放課後残ってでも仕上げなさい、と命じられてしまっていた。

 

この日の放課後、仲の良かった同級生数人と草野球をする約束だった僕は、彼らが書けないと草野球もできないじゃんと、授業中の時点で「全部僕が書くから、文字だけ写せばいい」と、1文字も書けていない同級生の読書感想文を一手に引き受けることにした。もちろん手口は、先ほど説明した、読んでいないのに適当にページをめくってでたキーワードで、適当に自分ごととしてエピソードを創作する、という手法だ。その手口で、4,5人の読書感想文をでっち上げたのだ。1人あたり400文字のでっち上げ読書感想文を書くのに、それぞれ3分程度で仕上げたはずだ。もちろん彼らに大感謝されたことは言うまでもない。

 

そんなこんなで、文章作成力についてはかなり早熟だった僕を作り上げていたのは、間違いなく、筒井康隆である。そもそも、『郵性省』を夢中になって読んでいた幼稚園児など、この世にいるはずがないのだ。このことについては、後年、僕が初めて憧れの筒井康隆先生(さすがにこの時だけは「先生」と書く。では何故に、他の文章では、筒井康隆をはじめ、他の尊敬する作家や漫画家に『先生』という敬称をつけないかは、筒井康隆のエッセイを読めば分かるのでここでは書かない)に直接お会いし、お食事やお酒もご一緒させていただいた際に、「僕が筒井作品に初めて出会って衝撃を受けたのは、幼稚園児だった時に読んだ『日本列島七曲り』の中の『郵性省』です」と発言したら、筒井先生は「幼稚園で『郵性省』か。そりゃあ、君の人生を狂わせてしまったかもね」とガハハと爆笑されたぐらいである。

 

『郵性省』の内容はここには記さない。いや、記せないのだ。気になった方は、是非とも、「日本列島七曲り」をお買い求めください。『郵性省』以外にも『陰悩録』や『テレビ譫妄症』など抱腹絶倒な作品ばかりである。

 

とにもかくにも、僕の人生の大半に筒井康隆がいる。今もいる。そしてただの1ファンとしてではなく、幸運にも、彼の原作を、僕の脚本でドラマ化もさせていただいてもいる。

 

それが、今回の表題の「家族八景/七瀬ふたたび/エディプスの恋人」、いわゆる「七瀬3部作」(もしくはテレパシー少女3部作)である。

家族八景

 

(新潮社の紹介文より引用)

幸か不幸か生まれながらのテレパシーをもって、目の前の人の心をすべて読みとってしまう可愛いお手伝いさんの七瀬――彼女は転々として移り住む八軒の住人の心にふと忍び寄ってマイホームの虚偽を抉り出す。人間心理の深層に容赦なく光を当て、平凡な日常生活を営む小市民の猥雑な心の裏面を、コミカルな筆致で、ペーソスにまで昇華させた、恐ろしくも哀しい本である。

 

https://www.shinchosha.co.jp/book/117101/

 

七瀬ふたたび

 

(新潮社紹介文より引用)

生れながらに人の心を読むことができる超能力者、美しきテレパス火田七瀬は、人に超能力者だと悟られるのを恐れて、お手伝いの仕事をやめ、旅に出る。その夜汽車の中で、生れてはじめて、同じテレパシーの能力を持った子供ノリオと出会う。その後、次々と異なる超能力の持主とめぐり会った七瀬は、彼らと共に、超能力者を抹殺しようとたくらむ暗黒組織と、血みどろの死闘を展開する。

 

https://www.shinchosha.co.jp/book/117107/

 

エディプスの恋人

 

(新潮社紹介文より引用)

ある日、少年の頭上でボールが割れた。強い“意志”の力に守られた少年の謎を探るうち、テレパス七瀬は、いつしか少年を愛していた。

 

https://www.shinchosha.co.jp/book/117113/

筒井康隆の実写作品について

 

筒井康隆の実写作品といえば「時をかける少女」を思い浮かべる人が多いと思う。実際、原田知世主演の映画は、何度見直しても大傑作だし(大林宣彦の作品としても、石田ひかり&中嶋知子主演の「ふたり(赤川次郎原作)」と並ぶ最高傑作だと僕は思っている)、細田守のアニメもよく出来ている。キャラメルボックスの舞台も面白かったし、2027年秋の、乃木坂46の小川彩が主演する舞台も楽しみではある。とはいえ、僕は筒井康隆の作品で実写映像化した作品で一番好きなのは、やはり「七瀬3部作」なのである。

 

そもそも、まず最初に実写ドラマ化されたのは、1979年2月、多岐川裕美がTBS東芝日曜劇場で放映された「芝生は緑」(単発ドラマ)が放映日としては最初である。これは「家族八景」が原作。そして同年8月、今度はNHK少年ドラマシリーズにて、全13話を毎日放映するという形で、同じ多岐川裕美主演で作られたのが「七瀬ふたたび」である。(実は、収録自体は、このNHK版の方が先なのだが、放映日がずれこんだこともあり、TBSから「家族八景」ドラマ化の話があった際、原作者である筒井康隆が「七瀬ふたたび」の多岐川裕美の演技を認めており、「同じ火田七瀬を演じるのなら、多岐川裕美さんでどうでしょうか?」とTBSサイドに提案したという逸話が有名である)

 

憧れの筒井康隆先生とお会いできる喜び、そしてプレッシャー

 

ちょうど筒井康隆が断筆宣言をしている最中の話である。

(筒井康隆が断筆した経緯を簡単に説明すると、とある国語の教科書に、短編小説「無人警察」が採用された。その文中に「脳波に異常のある者を病院に収容する」描写があり、それはてんかん患者を差別するものであると、「日本てんかん協会」が抗議を行った。すると、教科書の発行元である大手出版社が、作者である筒井康隆に事前相談や十分な議論をしないまま、勝手に作品を削除するか文章を改訂するかの判断をしようとした。それを知った筒井康隆が、「表現の自由の放棄につながりかねない」ことと「機械的な言葉狩りになっていく」ことに懸念をいだき、出版社やマスコミに対しての事なかれ主義を批判するアピールとして、断筆宣言をしたのである)

 

断筆宣言をしたところで、彼には、1960年代から大量のSF小説と爆笑エッセイを書いており、その印税収入は莫大で、食うに困ることは全くなかった。だけど「断筆宣言しちゃったので、無職なので、役者やりますね」と言い出して、その3年半ちかく(正確には、1993年9月から1996年12月)は、本当に俳優業をしていた。

 

その頃の話である。

 

時は、1995年秋のテレビ改編期。

フジテレビは、若者たち向けのドラマ枠を新設する。それが「木曜20時枠」である。(まだ河田町にフジテレビ本社があった時代である。最寄り駅は地下鉄都営新宿線の曙橋。懐かしい)

 

当時のフジテレビは、トレンディドラマを当て、「楽しくなければテレビじゃない」をスローガンに、イケイケどんどんだった頃だ。その勢いに乗じて、男性女性アイドルや若手俳優を主役に据えたこの枠の第一弾が「木曜の怪談」であり、SMAP(当時)の稲垣吾郎主演の「午前0時の血」、KinKi Kidsの堂本光一主演の「マリオ」、滝沢秀明主演の「怪奇俱楽部」などと共に、目玉作品の一つとして発表されたのが、当時、ナショナル(現Panasonic)のCM「キレイなお姉さんは好きですか?」シリーズで話題の水野真紀さん主演の「七瀬ふたたび」だった。

 

メイン脚本家は既に決まっていた。武上純希さん。奇才であり尊敬する先輩脚本家だったが、この時は僕は面識がなかった。ただお名前は知っていた。知っていたとはおこがましく、毎日毎週のようにそのお名前を作品のスタッフクレジットで拝見していた。最初に注目したのは、天才脚本家の浦沢義雄さんがメインライターだった「有言実行シュシュトリアン」でサブライターとして武上さんの担当話を観て、爆笑した思い出がある。その後、アニメ「ポケットモンスター」など多数のアニメでお名前だけは存じ上げていた。

 

制作会社は東映。

僕はその時すでに、「特捜エクシードラフト」でデビューさせていただき、翌年の「特捜ロボ ジャンパーソン」も複数話担当させてもらい、その流れで、アニメ「ストリートファイターⅡ V」のメインライター&シリーズ構成を任せてもらった上に、前年には、念願だった実写ドラマ、それもタモリさんがストーリーテラーの「世にも奇妙な物語」にも参加させていただき、本当に忙しい日々を送っていた。

 

そんな中、今でも忘れない。夜中の1時とかだったと思う。

いきなり携帯電話に電話がかかってきた。

相手は、「世にも奇妙な物語」で制作会社の東映の担当者だった手塚治氏。(この方、後に、東映の代表取締役社長まで出世されるのだが、社長就任中に病によってお亡くなりになってしまった。僕の実写ドラマ第一号、時代劇ドラマのメインライター第一号も彼の口利きがあってのものだった。たくさんの作品を書いて恩返ししなければならなかったのに、本当に残念でならない)

 

手塚「酒井さん、こんな時間に申し訳ありません。まだ起きてましたか?」(手塚さんは年下の僕に対しても、常にこんな感じの丁寧な言葉遣いだった)

酒井「はい。全然起きてました」(実は寝ていた)

手塚「酒井さん、『世にも奇妙な物語』の打ち合わせの時、何本も何本も筒井康隆原作を出してはNGになり、出してはNGになったって記憶しているけど、ものすごく筒井康隆が好きだったんですよね?」

酒井「はい! 筒井康隆全集も持っているほどですし、僕のヰタ・セクスアリス(森鷗外の作品名)は筒井康隆です。幼稚園の時に読んだ『郵性省』が僕の性の目覚めでして、、、」

手塚「その話はまたおいおい。筒井康隆作品の全作品読んでいるのなら話が早い。じゃあ、明日11時に大泉に来てもらえますか?」

酒井「は、はい!」

 

こんなやり取りがあり、僕は、翌日、練馬区大泉学園町の東映東京撮影所へと向かった。大泉撮影所は、僕のデビュー作の「エクシードラフト」でのホン打ち(プロデューサーと監督とのシナリオ打ち合わせ)の頃から慣れ親しんだ僕にとっては庭のような場所である。

 

大泉撮影所の会議室という名の、2階建ての撮影プレハブの一室には、すでに手塚治プロデューサーと武上純希先輩がいたと記憶している。監督もいらっしゃったかもしれないが、緊張であまり覚えていない。

 

そこで、僕は、フジテレビで「木曜の怪談」というドラマ枠の新番組がスタートすること、そして東映としても、第1弾から連続ドラマで制作参画を予定していること、そしてそして、その第1弾が、筒井康隆の「七瀬ふたたび」、つまり火田七瀬3部作の一番人気の作品を全6話で描く予定なのだという概要を知らされた。

 

元々は武上純希さんが企画書を作り、彼が全話を担当する予定だったが、アニメ「ポケットモンスター」だけでなく、アニメ「空想科学世界ガリバーボーイ」のメインライター(1995年フジテレビ系)などなど、かなりの多忙でスケジュール的に全話を執筆することが難しいということで、誰かサブライターが必要だということになり、手塚プロデューサーが「そういえば、筒井康隆大好き大好きと叫んでいた若手作家がいたなあ」と僕を思い出し、ここに召喚されたのだった。

 

メインライターの武上氏が、「七瀬ふたたび」の続編である「エディプスの恋人」のエッセンスを後半に入れ込みたいと粘った記憶がある。しかし、そもそも「エディプスの恋人」は超能力者同士の戦いを超越し、全宇宙を支配する思念的な存在がテーマになるほど壮大すぎる世界観もあって、それは難しいのではないか、となり、長い会議の末、小説「七瀬ふたたび」の5つのエピソードを、ドラマ版はどのようにして6話にまとめるか、どこをどうふくらましてどこをどう切って、各話に落とし込むかを協議した。

 

この会議で僕は、どうしても書きたいエピソードがあった。それが「七瀬ふたたび」の「邪悪の視線」だった。

 

全5編の連作からなる小説「七瀬ふたたび」では2話目に位置するエピソードである。簡単に言うと、透視能力者の西尾というワルが、その透視能力を駆使して、七瀬に犯してもない罪の濡れ衣を着せ、恐喝するのだが、七瀬は七瀬で、テレパシーを駆使し、そして思いがけない協力者もあって、西尾に復讐をするという痛快超能力者バトルストーリーである。

極悪の能力者を演じる俳優さんは、、、、、、筒井康隆?

 

とにもかくにも僕は、水野真紀さん主演版『木曜の怪談「七瀬ふたたび」』の2話と4話を担当させてもらえることになった。

 

そこからは、ほとんど寝ないで、プロットを仕上げ、更にプロットの直しを数回経て、いよいよ執筆開始となった。

ちょうどその頃だったと記憶している。

「酒井さん、喜んでください。西尾のキャスティング、とんでもない人に決まりましたよ」

手塚プロデューサーが電話越しにニヤニヤしているのが分かった。

「誰ですか?」

「酒井さんが一番会いたい俳優さんです」

「? 北大路欣也さんですか?」

「さすがに無理です。酒井さんが大好きな俳優さんです!」

「? 松平健さんですか?」

「ふざけないでください。ジュブナイル向けのドラマに、時代劇のトップスターが出てくれるわけないでしょう」

手塚さんが少しイライラしているのが電話越しにも分かった。(ちなみに、北大路欣也さんも松平健さんも、後年、僕は運よく、彼と彼が主演のドラマの脚本を複数本も書かせてもらう幸運に恵まれている。北大路欣也さんは2時間ドラマ「刑事シュート」で、松平健さんは時代劇「主水之介七番勝負」で、それぞれ主演作品を僕の脚本で放映させてもらった)

「じゃあ、言い換えますよ。酒井さんが一番会いたい人です。それもこの作品になくてはならない人です」

手塚さんの言葉にようやく僕は気が付いた。

「まさか! 筒井先生が出てくださるんですか? 断筆中なのに!」

「断筆中だからこそ、役者として出ると言っていただいたんです!」

ああ。そうだった。この時、僕は思い出していた。筒井康隆は、同志社大学在学中、劇団に参加したり、日活ニューフェイスに応募したことがあるほど、役者の心得があるマルチプレイヤーだった。ちなみに僕は彼が描く漫画も大好きだ。筒井康隆の描く不条理漫画はかなり面白い。

 

筒井康隆全集に書いていただいた筒井康隆氏の直筆サインと、第2話シナリオ

金魚のフンとしてどこにでもついていく脚本家

 

何回かのシナリオの直しを経て、ついに、『木曜の怪談「七瀬ふたたび」』第2話の脚本が決定稿になった。

 

そして撮影が始まった。

僕が書いたエピソードの舞台は、高級クラブ。ということで、ロケは、新宿西口の高層ビルの地下のクラブを朝から夕方まで借り切って、数日間に渡り撮影することになった。

 

僕は、ADさんにお願いして、日割り台本を手に入れていた。日割り台本とは、僕が書いた決定稿を、切り刻んで、7月6日撮影は、キャストは誰と誰が必要で、セットやロケはどこで、シーンはどこで、と撮影日に限定した台本のことを言う。

 

僕はその日割り台本から、筒井康隆が2日間、新宿西口のそのクラブシーンで、ほとんど出ずっぱりであることを知り、脚本家特権である「陣中見舞い」と称して、筒井康隆にまとわりつく作戦を実行するに至ったのだ。

 

この2日間はまさに筒井康隆ファンにとっては、至極の2日間だった。

考えてもみてほしい。

自分が神様だと崇めている天才作家・筒井康隆が、自分が書いた脚本のイチ登場人物として、僕が書いたセリフを喋り、僕が作ったキャラを演じてくれている。(そもそもの原作は筒井康隆本人なのだが)

とにもかくにも、その演じるシーンを間近で見ることができるなんて、、、これ以上の幸福があろうか!

 

2日間の思い出は、本当にたくさんある。

一緒に並んでロケ弁当も食べました。

筒井先生が着替えるときけば、「お手伝いします」と、マネージャーさんを押しのけ、お節介にしゃしゃり出るし、筒井先生がトイレに行こうとするのを察知したら、「一緒にいいですか?」と強引に並んで連れションもした。

 

まさに夢のような2日間だった。

 

意地悪な記者会見

 

ドラマはいよいよ完成した。

そしてフジテレビは、今回の「木曜の怪談」スタートにあたって、大々的な記者会見を実施する。

場所は、おぼろげな記憶だと、有楽町の国際フォーラムかどこかの広い室内会議室だったんじゃないかな?(僕はあいにく会場には行っていない)

 

このあたりの記憶は本当におぼろげで、話の整合性を合わせようにも、僕の窓口プロデューサーだった手塚治氏は東映の代表取締役社長時代に病死されており、記憶違いの可能性もあるが、間違っていたらごめんなさいをするので、書き進むことにしよう。

 

記者会見上には、「午前0時の血」に主演するSMAPの稲垣吾郎さん、「マリオ」に主演するKinKi Kidsの堂本光一さん、「怪奇倶楽部」に主演する滝沢秀明さんのうちの誰かが登壇したと僕は記憶している。(間違っていたらごめんなさい)

 

そして我らが「七瀬ふたたび」からは、主演の水野真紀さんと原作者の筒井康隆が登壇していた。(水野さんはスケジュールの都合でビデオメッセージだった可能性あり)

 

一通り、主演俳優たちへの質疑応答の後、意地悪な新聞記者が手を挙げたという。ここからは、手塚治プロデューサーが会見が終わった直後に、僕に興奮した面持ちで携帯電話からかけてきてくれた内容を文字に書き起こす。

 

新聞記者「筒井康隆先生に質問があります。先生は現在、断筆中で仕方なく俳優をしたのでしょうか?」

筒井康隆「失敬なことを言わないでほしい。私は昔から俳優です。日活ニューフェイスも応募したぐらいだし、いくつか舞台も経験している」

新聞記者「それは失礼しました。でも、今回、役者筒井康隆が、ご自身の原作とはいえ、赤の他人の脚本家が書いたセリフを喋らないといけないじゃないですか? 演じながら、『あれ、ここ何か違うな』だったり、『このセリフ、ちょっと意味が違うなあ』とか、やりにくかったりしませんでしたか? だったら、自分が脚本書いた方がいいモノになったのに、とか思ったりはしませんでしたか?」

 

ここで筒井康隆は、手にしていたマイクを一度テーブルに戻し、苦笑いをして、その新聞記者を一瞥したという。その上で、再びマイクを持つと、

「あのねぇ、この私の回を書いた酒井っていう若い脚本家はね、私の大ファンだっていうんだよ。筒井康隆全集も持っているって自慢されたし、それこそ、撮影現場に呼ばれてもないのに、2日間、ずっと居続けて、私がトイレに立とうものなら『僕も一緒にいいですか』って連れションさせられるし、一緒に弁当食う羽目になったし、もう、金魚のフンみたいに、ずーっとついて回ってきたんだよ」

ここで、筒井康隆がグビリと水を飲んで、再びマイクに向かって、

「そんな私のことが好きで好きでたまらないヤツが書いた脚本なんだぜ。一字一句変えずに演じさせてもらったよ。以上」

生まれて初めての滂沱(ぼうだ)の涙

 

手塚プロデューサーからの電話を自宅で受けた僕は、生まれて初めて、滂沱(ぼうだ)の涙を経験した。

 

滂沱(ぼうだ)の涙とは、涙がとめどなく、激しく流れ落ちる様子を表す言葉であり、雨が激しく降るように、あるいは水が勢いよく流れるように、ぼろぼろと大粒の涙がいくらでもこぼれ出る状態を指している。事実、その日の僕の自宅マンションの床には大きな水たまりができてしまい、さらに僕が流した大量の涙のせいで階下の住人に迷惑をかけてしまったほどである。

Wikipedia修正求む

 

ちなみに、この木曜の怪談版『七瀬ふたたび』のWikipediaでは、脚本家名に武上純希さんだけしか載っていないけど、僕も書いてますよ。(1話3話5話6話がメインライターの武上さん執筆、2話と4話が酒井直行執筆)

Wikipedia、誰か修正してくださいね。

 

最後に

 

ここまで読んで、みなさん、気づかれましたか?

僕が、「家族八景/七瀬ふたたび/エディプスの恋人」を紹介するといいながら、その本の内容に、ほとんど触れていない事実を。

 

そう――4歳から筒井康隆のエッセイや作品に感化された僕が身につけた創作テクニックで、小学校2年生の夏休みの宿題の読書感想文で、全く本の内容を書かないで学校代表に選ばれ、松山市から賞をゲットした、その手法を今回も使わせてもらったのだ。

 

これを伏線回収と言う。

 

おあとがよろしいようで。

 

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。