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「命を弄ぶ男ふたり」作:岸田國士

約100年前に書かれた岸田國士の戯曲。「死」と「生」の苦しみを問う心理劇。

命を弄ぶ男ふたり

 

(青空文庫「命を弄ぶ男ふたり(一幕)」より引用)

 

鉄道線路の土手――その下が、材木の置場らしい僅かの空地、黒く湿つた土の、ところどころに、踏み躙られた雑草。
遠くに、シグナルの赤い灯。
どこかに、月が出てゐるのだらう。

 

https://www.aozora.gr.jp/cards/001154/files/52081_45849.html

 

※この記事は2026年9月の情報です。

今回の紹介者

 

まいぷれ編集部のご近所さんN。ジャンルを問わず幅広く読みます。最近は民俗学ミステリーがお気に入りです。

「死」をめぐる会話から見えてくる人間の可笑しさ

 

夜。鉄道線路の土手にて。

眼鏡をかけた男と、顔を包帯で覆った男。

本来なら、ここで出会うはずのなかった二人が、偶然その場に居合わせます。

 

二人には、それぞれ死を決意した理由がありました。

なぜ死のうとしているのか。

自分には、どんな事情があるのか。

まるで「自分のほうが、死ぬ理由を持っている」と言い張るように、二人の会話は妙に理屈っぽく展開されていきます。

 

「命を弄ぶ」という少し物騒なタイトルが印象的な、岸田國士の戯曲『命を弄ぶ男ふたり』。

 

1925年に『新小説 第三十巻第二号』で発表されたこの作品は、「死」という重いテーマを扱いながらも、決して難しく重苦しいだけの作品ではありません。むしろ読んでみると意外なほどユーモラスで、二人の男による軽妙な会話に、思わず引き込まれてしまいます。

二人の会話から浮かび上がる人間の姿

 

この作品の大きな魅力は、二人の会話を通して、それぞれの性格や考え方、弱さや矛盾が少しずつ浮かび上がってくるところです。

 

「分かってほしい」と思って話しているのに、なかなか思うようには伝わらない。

自分の事情を説明したつもりが、相手から予想もしなかった言葉が返ってきて、話が思わぬ方向へ進んでしまう。

そんなコミュニケーションの難しさや可笑しさが、二人のやり取りの中に詰まっています。

 

人は一人で悩んでいると、自分の苦しみを必要以上に大きく捉えてしまうことがあります。

しかし、誰かと話すことで、それまでとは違った角度から自分自身や物事を見られるようになることもあります。

 

「死にたい」と考えている二人が、どうしてこんなにも長く話をしているのか。

そのこと自体に、どこか不思議な可笑しさがあります。

けれど、その可笑しさの中には、誰かに自分のことを分かってほしいという、人間らしい気持ちも見えてきます。

 

「死」という深刻なテーマを扱いながら、そこにユーモアが生まれることで、かえって人間の心の複雑さが浮かび上がってくるのです。

 

「書かれていないもの」を想像する楽しさ

 

『命を弄ぶ男ふたり』は戯曲であるため、小説とは違った読み方ができます。

 

登場人物は二人だけで、作品も比較的短いため、戯曲を初めて読む人にも手に取りやすい作品です。

 

二人の声や表情、舞台上での動きを想像しながら読むと、文章だけではなく、「芝居」としての面白さも感じられるでしょう。戯曲の魅力の一つは、あえて詳しく書かれていない部分があることです。

 

「この沈黙には何が込められているのか」

「この人物は、なぜこの言葉を選んだのか」

「この場面で二人はどんな表情をしているのか」

 

そんなことを想像しながら読むことで、作品の世界を自分自身で広げていくことができます。

約100年前の作品を、今読むということ

 

『命を弄ぶ男ふたり』が発表された1925年は、現在から約100年前にあたります。

この時代は、大正デモクラシーのもとで、政治だけでなく、人々の生き方や価値観にも変化が見られた時代でした。

 

それまでの社会では、家族や社会の決まりに従うことが重視されていましたが、大正期には、自分自身の意思や個人の生き方を大切にしようとする考え方も広がっていきます。

 

恋愛についても、家や親が決めた結婚だけではなく、自分の意思で相手を選ぶ「自由恋愛」という考え方が注目されるようになりました。

もちろん、こうした価値観が社会全体に広く定着していたわけではありません。新しい生き方を求める個人の意識と、従来からの社会的な規範との間には、さまざまな葛藤がありました。

 

『命を弄ぶ男ふたり』の中心にあるのは、恋愛そのものではありません。

しかし、作品が描かれた時代に広がっていた「自分の人生を自分自身で考えたい」という個人の意識に注目すると、二人の言葉や行動を別の角度から考えることができます。二人はそれぞれ、自分の人生について自分なりの理由を持ち、死ぬかどうかという重大な問題についても、自分自身の意思で決めようとしています。

 

では、人は本当に自分の意思だけで生き方を決められるのでしょうか。

 

作品の時代背景を知ることで、二人の会話を単なる奇妙でユーモラスなやり取りとして楽しむだけでなく、「自分の人生を自分で決めること」や「人と分かり合うことの難しさ」について考えることができます。

今を生きる私たちにも通じる作品

 

約100年前に書かれた作品ですが、そこに描かれている人間の姿には、今を生きる私たちにも通じるものがあります。悩んだり、迷ったり、自分のことを誰かに分かってほしいと思ったりする気持ちは、時代が変わっても、そう大きくは変わらないのかもしれません。

 

重い「死」というテーマを扱いながら、二人の会話にはどこかユーモラスで、人間味のある可笑しさがあります。

そして、その可笑しさの奥には、生きることや自分の人生について悩む人間の姿が描かれています。

 

二人のやり取りを楽しみながら、「なぜ二人はこんなにも話し続けるのだろう」「二人にとって、本当に大切だったものは何だったのだろう」と考えてみると、作品の新たな一面が見えてくるかもしれません。

作品が書かれた時代背景にも目を向けながら、『命を弄ぶ男ふたり』を読んでみてはいかがでしょうか。

 

岩波書店の『岸田國士全集1』には、『命を弄ぶ男ふたり』のほかにも岸田國士のさまざまな作品が収録されています。まずは気軽に読んでみたいという方は、青空文庫で岸田國士の作品を探し、気になったものから手に取ってみるのもよいでしょう。

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