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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第2章(その3) 「機動捜査隊」

著:酒井直行/原案:島田一男



第2章 (その3)
「機動捜査隊」

相沢と伊那が1階ロビーに降りた時、タイミングよく地下駐車場から山崎が裏取り取材を終えて合流する。
「キャップ、どうやら正式に、神田署にコロシの捜査本部が置かれるようです。捜査一課2班が陣頭指揮に当たるということで、2班のメンバーたちが車両申請を出しているのを確認しました」
「ご苦労さんご苦労さん。だけどもね、そうなったらそうなったで、なんだかおかしなことが起きてますね」
 相沢が首を傾げながら、誰もいない階段を見上げる。
「キャップ、どうかされましたか?」
山崎も釣られて、誰もいない階段を見上げる。
「いえね、さっき、そこの階段でムラチョウさんとすれ違ったんですよ。でも、ムラチョウさん、事件が起きたなんておくびにも出さずに、ガンさんの忘れ物を届けなきゃなんて呑気なこと言ってましたよ」
「ガンさんって、中央日日の岩見のことですか?」
「ええ」
「なんでガンさん?」
「さあ? それに、ムラチョウさんは2班の副班長です。捜査本部が神田署に設置されることが決まった今、陣頭指揮で一番忙しく動かなきゃならない立場の人が、なんで事件記者の忘れ物なんかを届けなきゃならないんでしょうね」
「なにか匂いますね」
「ええ。僕もそう思いますね」
 相沢が顎に手を当て、じっと何かを考え込むが、「ま、ここで悩む時間はありません。ヤマさん、コロシの現場のアテは掴めましたか?」
「それがまだ。ただ、第一報を受けて現場に急行したのは神保町交番の巡査です。つまりは、その辺りまで行けば、おそらくは」
「ですね。ところで他社は?」
「まだ掴んでいない様子です」
 山崎が声を潜めて言い切った。
「急ぎましょう」
 相沢は、2人の会話に入ることができず立ち尽くしている伊那の腰のあたりをポンと叩きながら、「さ、コロシの現場の取材です。張り切って行きましょう」と促すのだった。

相沢、山崎、そして伊那は、警視庁を出て、桜田門交差点を東に曲がったところまで歩いてタクシーを拾い、乗り込んだ。後部座席に相沢と山崎、助手席に伊那という配置だ。
「神保町交差点まで」と運転手に指示を出した山崎に伊那が不思議そうに振り返る。
「どうしてハイヤーで行かないんですか? 確か、警視庁の駐車場にはウチの契約ハイヤーが常時待機しているって聞いてましたけど」
「他の社が見張ってるからね。ウチが、東京地検の司法記者クラブから機捜車両の出入りを監視することで大きなヤマをいの一番にスクープしてきていること、まだ誰にも知られていないんだよ」
 山崎の代わりに相沢が答える。
「え、そうなんですか?」
「だから他社は、二番煎じじゃないけど、ウチのハイヤーの動きに目を光らせているそうだ。どこも必死なんだよ」
「なるほど」と伊那は納得した。だから警視庁本庁舎を出て、しばらく歩いてからタクシーを捕まえたのか、と。
「質問ついでにもう一ついいですか?」
「おう。何でも答えてやるぞ」今度は山崎が答える気まんまんで身を乗り出す。
「さっきキャップから、昔とは違って今じゃ、現場を特定できたとしても、非常線の内側に入って取材することはないとお聞きしました。だったらなんで今、我先にって現場に急行しているんですか? 意味ないんじゃないでしょうか?」
「キャップ、これぞまさしく、ゆとり世代ってヤツですかね?」
 山崎が呆れたように隣の相沢に同意を求める。
「まあまあ、そういじめてやんなさんな。伊那ちゃんは正直者なんだ。分かないことは分からないと素直に認める。疑問もすぐに口にする。八田さんもそこは褒めてましたよ」
「伊那ちゃんよ、よく聞け。非常線の中に入らなくても、事件記者が取材するポイントはごまんとあるんだ。例えば、現場が被害者宅なら、周辺の聞き込みをして、被害者の人となり、交友関係を調べる。生活している以上、近くにスーパー、コンビニ、居酒屋、必ず顔見知りがいる。常連の店が見つかるかもしれん。近くのコンビニ行って、被害者が立ち寄ったことはあるか、何を買っていたかまで証言させれば完璧だ。事件当日の買い物リストが判明すれば、それだけで犯人が何者か推理できる」
「え? なんでコンビニで買ったモノだけで、犯人が分かっちゃうんですか?」
 助手席の伊那が完全に後ろを向いて山崎に問い直す。
「例えばの話だが、被害者が若い女性だとして、普段は、仕事帰りに必ずコンビニに立ち寄り、スイーツ数点と明日の朝のパン、晩酌用の缶チューハイ1本を買って帰るのを日課にしているとするだろう? だが事件当夜だけは、赤ワイン1本に缶ビール2本、チューハイは4本も買ったことが判明すれば、おのずと犯人との人間関係が読めてくる」
「そうか。つまり事件が起きた夜は来客があった。それも、自宅でお酒を飲み交わす間柄で、なおかつ、被害者女性にとっては招かれざる客じゃなかったってことですね」
 伊那は即座に山崎が言わんとしていることを理解した。
「そういうこと。伊那ちゃん、頭の回転だけは早いんだな。気に入ったよ」
「恐縮です」
「そうやってオレたち事件記者は、地道な周辺取材の積み重ねで真実に近づいていくんだ。こればかりは広報から降りてくる大本営情報だけじゃあ、絶対に手に入れることができないナマの声、ナマのネタだ。現場に少しでも早く向かうのは、ナマの声を新鮮なうちに手に入れるため。魚でも野菜でも、ナマモノは足が早い。情報も同じだ」
「すっごくよく分かりました。ありがとうございます」
 伊那が嬉しそうに礼を言う。山崎もそれを見て満足気に頷き返す。
「そういえば、オレ、神保町のコンビニで大失敗したことがありましたよ」
 神保町に向かうタクシーの中でコンビニの話題をしたせいか、山崎がその2つのキーワードがつながった過去を思い出したようだ。
「ほお、ヤマさんが?」
「いや、オレというよりは、厳密にはガンさんなんですけどね」
「ガンさん? 中央日日の? ほぉ、今日はガンさんネタが続くね。で?」
相沢は、さっきの村田刑事との会話を思い出しつつ、山崎に話の続きを促した。
「ガンさんのマンションも神保町なんです。アイツ、酒が好きでしょ。だから仕事終わりでよく日比谷や神田周辺で飲んだくれてるんですが、深酔いしても歩いて帰れる場所がいいってことで、神保町にマンション借りたみたいなんですけどね。ほら、半年前の西東京市で起きた連続殺人事件、あれ、結局、ウチと中央日日だけが、真犯人が別にいるってスクープを記事にできましたよね。その祝勝会、ウチと中央日日の2社でやったじゃないですか」
「ああ。『ひさご』でやったヤツだろ。覚えているよ。美味しい酒だった……あ、伊那ちゃん、『ひさご』っていうのは、我々事件記者が行きつけにしている近くの小料理屋のことなんだ。今度、君の歓迎会もそこでやる。楽しみにしておくといい」
「ありがとうございます。でもオレ、どっちかっていうと、小料理屋っていうのより、もっと気楽な居酒屋とかの方がいいんですけど」
 さすがはゆとり世代の伊那である。上司の誘いだろうとなんだろうと、自分の好みに合わないとなると素直な感情を口にする。
「ほお、残念だな。せっかく君の好みの、ファッションモデル系で気の強い美人さんを紹介してやろうと思っていたんだが、そうか。気に入らないんじゃあ仕方ないな。『ひさご』での歓迎会はヤメにしよう」
 相沢があえて意地の悪い言い回しで伊那をイジる。
「え? あ、すみませんすみません。前言撤回します。行きます行きます。小料理屋大好きです。だから紹介してください……その子、バイトかなにかですか? 名前は?」
「彼女のプロフィールはまた今度教えてあげるとして……ヤマさんごめんごめん。すっかり話の腰を折ってしまったね。で、ガンさんとヤマさんがどうしたって?」
 相沢が伊那との会話を強制終了させて、話を戻す。
「『ひさご』を出た後、ガンさんとオレ、まだ飲み足りないってことで、何軒かはしご酒したんです。そして終電も逃しちゃって、結局、ガンさんのマンションで雑魚寝することになったんですが、マンション入る前にコンビニでもう少し酒を買おうってことで、近くのコンビニに入ったまではよかったんですが、ガンさんのヤツ、コンビニのトイレ借りて、そこの個室で寝ちまいやがってですね。店員とオレとで、トイレの前で起きろ起きろとドアを叩くも、ガンさんの野郎、完全に寝落ちしてまして……結局、ヤツがトイレから出たのは小一時間後でした。あれには参った」
 山崎が懐かしそうに思い出し笑いをする。
 そうこうするうちにタクシーが神保町交差点に到着する。
神保町交番は交差点のすぐ近くである。相沢と山崎、そして伊那の3人はタクシーを降り、交番の中を覗く。
「誰もいませんね」伊那が交番の中に首を突っ込んで言った。
「おそらくは現場の非常線警備に駆りだされているんだろう。さてと、この近くにあるはずのコロシの現場を特定しないといけないんだが……何か手がかりはないかな……」と言いつつ、相沢が一瞬、何かを思いついたように、山崎を振り返る。
「ヤマさん、僕はね、どうにもさっき、ムラチョウさんがガンさんを探していたのが気になるんだよ。裏取り取材でも今回の捜査の陣頭指揮を捜査一課2班が担当することは間違いない。その副班長が捜査本部に急行もせずに、ガンさんの忘れ物を届けようとしていたっていうのが腑に落ちない。ガンさんのマンションもこの近くなんだよね? 案内してもらえるかな」
「もちろんです」
 山崎が相沢と伊那を連れ、半年前に行った岩見のマンションへと足を向ける。
 神保町交番を出て、いくつかの交差点を渡り、数本の路地を曲がったところで、目の前に非常線の黄色いバリケードテープが飛び込んできた。
 まだパトカーも野次馬も集まってはいないが、そこが事件現場であることは一目瞭然だった。
「キャップ。機捜の車です」
 山崎が指差した先には、機動捜査隊のシルバーのスカイラインが駐車していた。そしてそこは、山崎が半年前、雑魚寝するために立ち寄った岩見のマンションの真下だった。
「キャップ、あそこ、ガンさんのマンションです」
 山崎の声が少し震えている。
「こりゃあ、ガンさんの身に何かが起きたと考えて間違いなさそうだぞ」
 相沢もまた、緊張した声で小さく呟いた。

《第2章 終わり》

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