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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第3章(その1) 「特ダネ取材」

著:酒井直行/原案:島田一男



第3章 (その1)
「特ダネ取材」

 非常線のバリケードテープから十メートルほど離れた路地の物陰で身を隠すようにして、テープの向こうの様子を監視していた相沢の背後に、息を切らせた山崎が駆け寄ってくる。
「キャップ! こっちです。あのマンションの5階の角部屋の窓からなら、ガンさんのマンションの通路側が丸見えです」
 山崎は自分が走ってきた方角に建つ5階建てのマンションを指差した。
「急ぎましょう。部屋の住人にはもうOKもらっているんで」
「お手柄お手柄。ヤマさんはいつも仕事が早いから助かるよ」
 相沢は山崎をおだてつつ、伊那に向き直る。
「伊那ちゃんも一刻も早く、ヤマさんみたいな仕事のできる正真正銘の事件記者になってくれたまえ」
「はい。頑張ります」
 もはや、朝からの『事件記者名乗りイジり』に対して免(めん)疫(えき)ができてしまったのか、はたまた気づかなかっただけなのか、伊那は素直に頷いた。
 相沢と伊那は、早足で前を歩く山崎を追いかける。
 そして3人は、1分もしないうちにマンションの下までやってきた。ワンフロア4、5世帯しかない小規模なマンションだ。
 エントランスに入りながら相沢が周囲をぐるりと見回した。
「ヤマさん、他社の動きはどうなっている?」
 相沢は、もう既に何回目かになる同じ質問を後輩記者に尋ねる。
「今、現場にいるのはウチだけのはずです。もっとも、時間の問題だとは思いますが」
「そうだね。神田署に定期の警電を入れられたらすぐに分かっちまうからな」
「ですね。でもさっき、記者クラブの八田さんに電話したんですが、新日も毎朝も毎夕も、どこも目立った動きはない様子だと言っていました。あ、毎夕さんは相変わらず不在だそうで」
「中央日日は?」
「それなんですがね、やっぱりどうにも変なんです。キャップが警視庁の階段でムラチョウさんに会ったというすぐ後、ムラチョウさん、記者クラブに顔を出したみたいなんですが、ウラさんを呼び出して、一緒になって出て行ったようなんですよ」
 山崎の報告を聞きながら伊那は、ほんの30分ほど前に挨拶を交わしたばかりの、ウラさんこと、中央日日の浦瀬キャップの顔を思い出していた。
「ほお。ガンさんの忘れ物を届けに行ったはずなのに、ウラさんを直(じき)々(じき)に呼び出して、2人して出て行った、と。こりゃあ、ますます怪しいね」
 相沢が首を傾げる。
「まさか、その中央日日の岩見さんっていう記者が殺人事件の当事者になっちゃったとかですかね?」伊那が思わず口を滑らす。
「ガンさんが殺された? そんなわけないだろう!」
 山崎がすぐさま否定する。
「じゃあ反対に、犯人っていうことですかね」
 伊那が軽いノリでとんでもないことを口にした。
 ほぼ同時に、相沢と山崎が伊那を怒鳴りつける。
「バカヤロウ」と。
「す、すみません」2人の剣(けん)幕(まく)に、伊那が平謝りに謝った。
「とにかく、現場マンションの通路側が見えるという部屋に移動しよう」
 山崎が先導する形で、3人は狭いエレベーターに乗り込み、5階に上がると、東の角部屋へと向かう。その部屋の玄関で彼らを出迎えたのは、コロコロとよく太った40代の主婦だった。
「ねえねえ、どんな事件なの? いい加減教えなさいよ」
 3人がそれぞれ名刺を取り出し挨拶をしようとしているのに、主婦は、それを無視するかのように、ギラギラと瞳を輝かせ、質問をぶつけてくる。
「すみません。現時点では我々もよく分かっていないんです。申し訳ございません。今、それを調べております。本当にごめんなさい」
 山崎が頭を掻きつつ謝罪の言葉を繰り返す。殊(こと)更(さら)にへりくだってみせるのも、世間一般的には、『なんだか偉そう』『お高く止まっている』『常に上から目線』と思われがちな新聞記者への偏見を逆手に取った彼なりの取材手法である。「この新聞記者さんは、珍しくイイ人っぽいぞ」と相手に思わせることで、取材をやりやすくする目的があった。
「何か分かったら私にもこっそり教えてね。お部屋提供するんだから。どうぞ上がっていいわよ。一番奥の部屋よ」
 山崎の返答に満足したのか、太った主婦がケタケタと笑い声を上げ、3人を奥へと通した。
 その部屋は普段は使用していない客間のようだ。6畳の和室で、南に掃(は)き出し窓、東に腰(こし)高(たか)窓(まど)があり、それぞれ障子(しょうじ)が嵌(はま)っている。
「そっちの小さな窓です」部屋に入り、ドアを閉めた途端、山崎が腰高窓の方を指差した。
「うん」相沢が頷くと、腰高窓の障子を少しだけ開く。そしてゆっくりと外を覗く。
 窓の外40メートルほどの距離を挟んで、現場のマンションが見える。
 現場マンションは4階建てで、こっちは5階建てだ。2つの建物の間には2階建ての民家が4、5軒立ち並んでいるだけで視界を遮るものは何もない。
 現場マンションの目の前の道と区道とを結ぶ2ヶ所の四つ角にはバリケードテープが張られ、誰も立ち入れないようになっているが、相沢たちが今いるこのマンションは現場と道を一つ挟んだ裏通りに面しているせいで非常線の外にある。警察に見つかることなく現場を監視し、取材を進めるには絶好の張り込みポイントだといえる。
「それにしてもヤマさん、よくこの部屋を借りられたね。あの短時間にどういう折(せっ)衝(しょう)をしたんです?」
 相沢がさも感心したように後輩を褒める。
「実はですね、こちら、ウチの購読者なんです」
「ほお」
「現場マンションを俯(ふ)瞰(かん)で見通せるポイントを探していて、この建物を見つけ、エントランスに入ったら、この501号室の郵便ポストに、ウチの今日の朝刊がまだ抜き取られずに入っているのを見つけたんです。それで、朝刊を取って、玄関のチャイムを鳴らしたところ、さっきの奥さんが出てきたんで、事情を説明したんです……明日の新聞記事の写真、もしかしたら、この部屋から撮影したものが使われるかもしれません。そうなったら、すごいことですよって、それとなく匂わせたら、全面的に協力すると言われて」
 山崎が、数分前に交わしたであろう、この家の主婦とのやり取りを思い出しつつ説明する。
「お手柄お手柄。でも、もうすぐ10時だぞ。今朝はご主人さん、朝刊を読まずに出勤していったってことなのかな?」
 新聞記者として、自分たちが一生懸命作った朝刊が購読者に読まれることなくポストに残っていたことが悔しかったのか、相沢は残念そうに呟いた。
「いつも新聞を読んでいるご主人は昨日今日と福岡に出張なんです。ですから奥さん、今朝は久しぶりに寝過ごしたみたいです。あ、当然ですが、既にご主人の許可も貰っています」
「なるほど」山崎の回答に相沢が満足したように頷いてみせる。
 そんなやり取りをしている間も、相沢と山崎の2人は、障子の隙(すき)間(ま)から、現場マンションをじっと監視している。だが4階建ての建物の、上下に平行に並んだ4本の通路に人の気配はない。
「変ですね? テレビドラマとかじゃあ、殺人現場っていったら、鑑識係や刑事たちが出たり入ったりするイメージがあるのに」
 相沢と山崎の背後から、2人の邪魔にならないように窓の下を覗き見ていた伊那が、全く動きのない現場の様子に、ガッカリしたようにボソッと呟いた。
「30分もしたらそんな光景が見れるよ」
 山崎が答える。
「え、そうなんですか?」
「捜査権が、機捜から所轄の捜査本部に移ると、ドッと刑事や鑑識係が押し寄せてくるからね。でもそうなったら、スクープも何もあったもんじゃない。その頃になると、大本営情報、つまり警視庁の広報から正式に事件発生の第一報が記者クラブに降りてくるはずだから、全ての新聞社も一斉に動き出すことになる。必然的に特ダネを掴める確率は一気に低くなる」
 相沢はそう言うと、一旦、言葉を止め、伊那を見た。
「だからこそ、機捜が初動捜査をしている今この時に、どれだけ情報を入手することができるかが勝負なんだよ」
 相沢の言葉に伊那が大きく頷いた。「なるほど……でもどうやって?」
「こうして機捜の出入りを監視するだけで、『見えてくるモノ』と『見えないモノ』とが分かってくるんだ。見えてくるモノが何であるかを特定した上で、それが本当に事件の真実に近いモノなのかどうか取材を重ねて判断し、一方で、見えないモノの正体を掴むべく取材を進める。そうすることで、我々は事件の真相に一歩一歩近づいていく……それが我々事件記者の取材への姿勢というか、特ダネを掴む心得(こころえ)なんだよ。伊那ちゃん、私が言ってることが分かるかい?」
 相沢の抽象めいた言い回しに、伊那は頭の中のほとんどをハテナマークで占めつつも、「なんとなく分かったような気がします」と答えた。
「本当かよ」山崎が、調子のいい伊那の態度に苦笑している。「ところでキャップ。さっきからガンさんの携帯にずっと電話しているんですがね。ずっと電源OFFと圏(けん)外(がい)のメッセージが流れるだけです」
「そうか。ガンさんの自宅電話には?」
「そっちもずっと留守電とFAXになったままです。もっとも酔い潰れた次の日の朝は、ガンさん、よく、スマホの充電しなきゃって、慌てて記者クラブで充電器を探し回っているのを見てますからね。携帯がつながらないからって事件に巻き込まれているとは断定できません」
「そうか……」
 と言いつつも相沢は残念そうに小さく頷いた。岩見が事件当事者である可能性が小さくなったわけではないのが辛(つら)いところだ。
「ガンさんの部屋は何号室だったか覚えているかい?」
「それはバッチリ。403です。半年前、酔い潰れた彼を部屋まで運ぶのにそりゃあ苦労しましたからね。忘れようにも忘れられないんです。コンビニのトイレで寝落ちしたヤッコさんを抱きかかえつつ、やっとこさ、あのマンションの1階まで運んできたはいいが、部屋番号が分からないときてる。郵便ポストを見ても名前は書いてませんし、免許証を漁(あさ)ってみても、あそこに引っ越す前の住所だったりして、本当、困り果てたんですから」
 山崎が半年前を思い出し、肩をすくめてみせる。
「で、結局、どうやって部屋番号が分かったんだ? ガンさんは酔い潰れたままで、部屋番号も言えず、自分では部屋には辿(たど)り着(つ)けない状態だったんだろう?」
「そこはそれ、ブンヤのちょっとした技術を使わせてもらいました」
「ほお。ちょっとした技術ねえ」相沢が少しだけニヤリと笑う。「それ、伊那ちゃんに聞かせてやってよ」
「知りたいです。教えてください山崎先輩」伊那も興味を持ったようだ。
「そんなに大(おお)仰(ぎょう)なものじゃありませんよ。ガンさんが酔い潰れる前に、部屋は最上階だって言っていましたので、4階のどこかということは最初から分かっていました。ポストを見たところ、14世帯ある4階で、名前がないのは401、403、408、413の4部屋だけでした。そのうちで408と413は西向きの部屋だったので対象外としました」
「なんで、西向きなら岩見さんの部屋じゃないって分かったんですか?」
 伊那が素直な疑問を口にする。
「事件記者の朝は早い。警視庁桜田記者クラブは特に早くて、8時前には警視庁に着いていなきゃならない。ガンさんは酒好きでよく深(ふか)酒(ざけ)をするけど、オレの記憶では、これまで遅刻をしたことはなかったはずだ。つまり、ちゃんと毎朝、自力で起きていると判断した。独(ひと)り身(み)で、モーニングコールで優しく起こしてくれる恋人のいないガンさんが目覚まし時計やスマホのアラーム機能以外で朝遅刻しないように一番頼りにする武器は何だと思うね?」
 山崎が懇(こん)切(せつ)丁(てい)寧(ねい)に説明したせいもあったのだろう、伊那がクイズ番組で早押しボタンを押す回答者になったかのように元気よく手を挙げた。
「分かりました。太陽、ですね!」
「正解。事件記者なら、朝、太陽が差し込まない西向きの部屋は借りないだろうとオレは推理し、401と403のどちらかがガンさんの部屋だと判断した。で、完全に潰れたままのガンさんを抱きかかえ、4階まで運んで、401と403、両方の部屋の前に立って、しばらく眺(なが)めていたんだが、やがてオレは403号室がガンさんの部屋に違いないと確信し、ヤッコさんの背広のポケットに入ってあった鍵を取り出し、ドアの鍵穴に差し込んだわけだ。もちろんビンゴ。鍵はガチャンと半回転して中に入れたって寸法さ」
 山崎が得意気に解説するも、聞いている伊那はキョトンと首を傾げたままである。
「あの……どうして403だと分かったんでしょうか?」
「その答えはこの私にさせてくれ」
 相沢が手を挙げた。現場マンションに動きがない以上、緊張しっぱなしで監視し続けるというのも精神衛生上いいものではない。こういうクイズで少し頭をリラックスさせるのも悪くはない。
 いや、そうではないのだろう。あえて明るく会話しているのも、全ては、事件記者仲間が殺人事件に関わっているかもしれないという事実から、束(つか)の間(ま)だけでも目を背(そむ)けていたかったのだ。相沢も山崎も。
「キャップ、どうぞ」山崎も釣られて、クイズ番組の司会者よろしく、相沢に答えを促す素(そ)振(ぶ)りをする。
「ヤマさんがしばらく両方の部屋の前に立っていたというのがヒントだ。おそらくは、電気のメーターを見ていたんだ。401の電気メーターはかなり激しく回っていた。つまり中に人がいて、エアコンやらテレビやら、いろいろと使用中だと判断した。一方の403の電気メーターはゆっくりとしか回っていなかった。冷蔵庫が動いている程度で、中は主の帰りを待つ無人状態。つまりはそこがガンさんの部屋だと推理したわけだな」
 相沢の回答に山崎は「大正解です」と拍手を送る。
「なるほど」伊那がさも感心したように、マジマジと相沢と山崎の顔を見比べる。
「なんだいなんだい? その顔は?」
 伊那の自分たちに向けられた熱い視線に、相沢が気持ち悪そうに肩をすくめる。
「お二人とも、まるで小説に出てくる名探偵みたいですね。正直オレ、感動しています。事件記者ってスゴイんですね」
「よせよ」山崎が照れたように失笑する。しかし悪い気はしなかったようで、「これから毎日、いろんなことを教えてやる。そうしたらお前さんも半年もすれば、いっちょまえの事件記者になれるだろうさ」と伊那に声をかけてやるのだった。
「嬉しいです! オレ、頑張ります!」
 と伊那が元気よく頭を下げたその時だった。
「制服警官がエレベーターから出てくるぞ」
 障子の隙間から現場マンションを監視していた相沢が小さく叫ぶ。
 その声で、山崎と伊那も、視線を現場マンション4階通路へと向けた。
 相沢の言うとおり、マンションの下で非常線警備をしていた制服警官がエレベーターを降り、4階通路を歩き出している。
「403に行くんじゃないぞ……頼む」
 何かに祈るかのように相沢が呟いた。その思いは山崎も同じだった。
 制服警官が403のドアに手をかけた瞬間、事件記者仲間である中央日日の岩見孝太郎が殺人事件の関係者であることが立証されてしまうのだ。それだけはなんとしても避けてほしい。相沢と山崎の心からの願いだった。
 だが……。
 相沢と山崎の思いは虚(むな)しくも否定されてしまう。
 制服警官が手袋を嵌めた手で何の迷いもなく403のドアを開け、中にいる誰かに対し、何かを伝言している様子を、相沢たちはしっかりと目撃してしまったのだから。
 ほとんど時を同じくして、相沢と山崎のスマホにメールが届く。
 山崎がそれを開く。
「八田さんからです。大本営情報の転送です」
 八田は、年の割に、と言えば失礼なのかもしれないが、なかなかどうして最新のIT機器に詳しい。足が悪いせいもあって、記者クラブでの留守番仕事が多かったせいか、パソコンもスマホもネットも、他社の記者たちも加えた桜田記者クラブの全事件記者の中でも一番明るく操作にも長(た)けている。だからわずか1分前に記者クラブに送信されてきた警視庁広報課からのFAXを即座に相沢や山崎たちに転送することも、八田にとってはお茶の子さいさいなのだ。
 そんな八田から転送されてきた大本営情報の文面を読んだ相沢は小さく首を傾げる。
「なんか変だな」
 やはりFAX文面をスマホで読んでいた山崎も違和感を抱く。
「ですね」
「どこが変なんでしょうか?」
 山崎のスマホ画面に映し出されているFAX文面を横から覗き込むようにして読んでいた伊那が質問してきた。彼だけは、その文面のどこに問題があるのか、さっぱり分からずにいた。
「こりゃあ、ガイシャの身元は既に判明していると見て間違いなさそうですね」
 伊那の質問に答える代わりに、山崎が相沢に同意を求めてきた。
「ああ。私も同じ考えですな。となると、警察が今の時点で、ガイシャの身元を明かさないことに、どういう意味が隠されているのかを推理する必要がありますよ」
 相沢は、けたたましいサイレン音を鳴らしながら、窓の下に集結しつつある赤(せき)色灯(しょくとう)を回した複数台のパトカーとダークブルーの鑑識専用のワゴン車の屋根を一台一台確認するかのように見下ろしながら、厳しい表情を浮かべている。
「それと、信じたくはないんだけど、もはや、ガンさんが容疑者となっていることに全く疑う余地なしということですか」
 相沢は小さく、しかしとても深いため息をつくしかなかった。
 数分後、相沢と山崎の2人は非常線のバリケードテープぎりぎりのところで、機捜の2人がマンションを出てくるのを待ち構えていた。
 既に捜査権は、神田警察署に設けられた捜査本部に移っていることは確認済みである。その証拠に、現場マンション周辺には、神田警察署刑事課の刑事たちと、警視庁捜査一課の刑事たちがそれぞれペアになって行動している。
 相沢と山崎にとって、警視庁捜査一課の刑事たちは全員顔見知りである。もっとも、実は、顔を覚えていなくとも、警視庁捜査一課の刑事なのか、それとも所轄警察署の刑事なのかを一目で見分ける簡単な方法がある。それは、警視庁捜査一課の刑事たちは例外なく全員、右胸の襟(えり)に、捜査一課刑事であることを示す通称『赤バッジ』を付けているから、それを確認すればいいだけの話なのだ。
 ちなみにこの赤バッジ、中に『S1S mpd』という文字が浮かび上がるように刻印されている。mpdは『メトロポリタン・ポリス・デパートメント』、つまり警視庁の英語略表記であり、S1Sは『サーチ1セレクト』、つまり『選ばれし捜査一課刑事』の意味である。
「ムラチョウさんがいないな」
 騒然としている現場マンションの下では、大勢の刑事たちが、めいめいに打ち合わせをしたり、携帯で誰かに指示を出している。その数、20人は優に超えているだろう。そんな彼ら一人ひとりを見回しながら相沢が呟く。「2班が捜査担当する事件現場にムラチョウさんがいなかったこと、あったっけ?」
「記憶にないですね」山崎も怪訝そうだ。
 現場マンションの下では、所轄と捜査一課の刑事たちが入り交じりながら、上官にあたる刑事が、部下たちをそれぞれ、聞きこみ係、目撃者探し、犯人の逃走ルート調べなどに担当分けをしている。本来なら、2班の副班長であるムラチョウこと村田刑事がその分担振り分けを指揮する上官に当たるはずなのに、今日に限って彼の姿はない。

《つづく》

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