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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第3章(その2) 「特ダネ取材」

著:酒井直行/原案:島田一男



第3章 (その2)
「特ダネ取材」

 そうこうしているうちに、相沢と山崎の背後に、黒塗りのハイヤーが停車し、見慣れた男たちが車から飛び出してくる。警視庁桜田記者クラブの事件記者たちである。
 まずは、新日タイムスのアラさんこと荒(あら)木(き)とセイカイどんこと青(せい)海(かい)だ。2人は、真っ先に相沢と山崎に気づいて近づいてくる。
「東京日報さん、えらく早いですね」
「たまたまですよ。たまたま」
「たまたまなわけないでしょう。大本営FAXを受け取って、いの一番に飛び出したのはウチだったんですよ。それよりも早く現場に到着してるってことは、もっと前から事件のこと、掴んでいたってことですよね? どこで情報を手に入れたんですか? いつもいつも、かなわないなあ、東京日報さんには」
 荒木が相沢にボヤくのを、相沢は「まあまあ。本当にたまたま。たまたまなんだって」と笑って誤(ご)魔(ま)化(か)す。荒木は桜田記者クラブきっての理屈屋で、東京日報を露骨にライバル視する野心家である。いつも相沢たちに正論をぶつけては、討論バトルを繰り広げている。
 相沢は、他社の記者たちに対し、ウソをついてまで特ダネを追い求めるのは何か違うとずっと思っている男である。こういう時も、もっと上手いウソで適当にあしらうこともできるはずなのだが、相沢はそれを良しとはしないのだ。
 新日タイムスの次は毎朝新聞のツルカメコンビこと鶴岡と亀田だ。2人もまた、現場に到着するなり、相沢と山崎に先を越されたことを知り、露骨に悔しがる。
「機捜と接触したら、私たちはとっとと張り込み場所に戻ろう」
 相沢が山崎に耳打ちする。他社の連中が揃(そろ)ってしまった今となっては、非常線の外から警察の動きを取材しても、他の社と似たり寄ったりの記事しか書くことはできない。
「ところで……中央日日はやっぱり姿を見せませんね」
 山崎が相沢に耳打ちをし返す。
「ああ。ガンさんが容疑者として捜査本部からマークされているとするなら、ウラさんはおそらく、警視庁の捜査一課の会議室かどこかで、ガンさんの人間関係やら日頃の行動パターンなどしつこく聴取されている頃だろうさ。こっちに来る暇なんかあるはずないよ」
 相沢が山崎だけに聞こえる声で囁いた。
 とその時だった。
 相沢のスマホが電話着信を知らせる。相沢はすぐに電話を取った。
「はい相沢。お、伊那ちゃんか。どうした? 動きがあったか?」
 電話の相手は、現場マンションの通路を見渡せる張り込み場所に残してきた伊那からだった。
「オ、オレ、見ました。ばっちり見たんです! カメラも撮りました! やった。やりました!」
 伊那はひどく興奮している様子だ。声が震えている。
「見たんです。見ました。裸(はだか)です。見ました。死んでました。カメラです。撮ってます。裸でした」
「伊那ちゃん、落ち着きなさいって。まずは深呼吸しようか。大きく息を吸って。はい吐(は)いて」
 相沢が、電話を通じて伊那に深呼吸をさせる。伊那は素直にそれに従った。そして改めて相沢が質問をする。
「順追って話してみてよ」
「は、はい。オレ、キャップに命じられた通り、ずっとここから、現場マンションの403の玄関に、山崎先輩から渡されたカメラを向けていたんです。そしたらさっき、鑑識の人たちがドカドカ岩見さんの部屋に入っていって、その時、大きな機材……たぶん鑑識の機材かなにかなんでしょうけど、それを搬入するために、制服警官がドアを全開したんです。ほんの一瞬だけ。オレ、思わずシャッターを切りまくったんです。そしたら見えたんです。確かに見たんです。写真もちゃんと撮れています!」
「何を……見たんだ?」
 相沢は伊那の答えをある程度想定しつつ尋ねた。
「遺体です。全(ぜん)裸(ら)の。若い女性の全裸遺体でした」
「ほお……それは一体、どういう状況なんだい?」
 相沢は興奮を隠しつつ、わざと大きなリアクションをすることなく、伊那に先を促した。
「玄関のドアが全開になった一瞬だけなんですけど、玄関入ってすぐ左手のお風呂場の扉も開いていて、オレの位置からちょうど、お湯が張られたままのユニットバスに全裸の女の人が横たわっているのが見えたんです」
「確かなんだね? そしてカメラにも収めたんだね?」
 相沢が念を押す。
「はい。間違いありません。ズームでバッチリ撮れてます」
「お手柄だぞ伊那ちゃん」
 相沢は、「後で詳しく聞かせてくれ」と伝え、一旦電話を切った。一台の覆面パトカーが非常線の手前で停車し、中から一人の刑事が出てくるのを目撃したからだ。彼は山(やま)田(だ)巡査部長。警視庁捜査一課2班のメンバーである。村田刑事がムラチョウさんと呼ばれているのと同じく、彼はヤマチョウさんと事件記者たちから呼ばれていた。
「ヤマチョウさん! ガイシャの身元は判明しましたか? 犯人の目星は?」
 新日タイムスの荒木と青海、毎朝新聞の鶴岡と亀田が、一斉に駆け寄り、山田刑事を取り囲む。
「申し訳ありませんが、今回のヤマに限っては、マスコミ各社への対応は広報課を通してもらうことになりました」
 自分を取り囲む事件記者たちの目を一切見ることなく、山田が素(そ)っ気(け)なく答える。
「なんですかそれ。どういうことですか」
「このヤマだけ、なんで特別なんですか?」
 新日タイムスの荒木と毎朝新聞の鶴岡が声を荒げ、騒ぎ始める。2人共、どちらかといえば瞬間湯(ゆ)沸器(わかしき)タイプである。
「いつもと態度が違うじゃないですか。ヤマチョウさん、何があったんですか!?」
 毎朝新聞の鶴岡が激すると、新日タイムスの荒木も負けじとばかりに声を更に張り上げる。
「海で溺(でき)死(し)体(たい)が見つかったとか、山奥で埋(う)められていた白骨死体が発見されたなら分かりますけど、東京のど真ん中のマンションの一室で女性が殺されていたんです。ガイシャの身元がまだ分からないっておかしいです。変ですよ! それって、判明しているのにわざと隠しているってことですか?」
「これは上からの決定事項です。とにかく、今回のヤマに関しては、一切の情報を、我々刑事があなたがた事件記者に直接伝えることは禁止となっていますから。申し訳ありません」
 山田刑事が一方的に会話を打ち切る。その上で、制服警官数名に向かって、
「非常線をここから更に50メートル手前まで広げてくれ。表通りと交差する四つ角から全部立ち入り禁止にするんだ。いいな」と命じる。
「そういうことですので、ここは今から非常線の内側となりました。事件記者の皆さん、出て行ってもらえますか」
 それは山田から事件記者への最後通告だった。
 制服警官たちによって事件記者たちは、新しく張られた、より広い範囲の非常線の外へと追い出された。
「なんだよなんだよ。なんだよこの対応は」
「なんで今日だけ、こんなに冷たくあしらわれなきゃならないんだ?」
「おかしいな」
「なにか裏がありそうだぞ」
 荒木が、青海が、鶴岡が、亀田が、口々に山田刑事のあからさまな冷たくぞんざいな対応に疑念を抱く。
 その様子を横目で見ながら相沢は、マズイなと心の中で呟いた。
 彼らもまた各新聞社の看板を背負う優秀な事件記者たちである。当然のごとく、遅かれ早かれ、今回の警察の対応の異常性に気がつくだろう。そうなれば、早い段階で、容疑者が事件記者仲間の岩見孝太郎であり、だからこそ、警察が事件記者たちに情報を直接流すことを禁止したことに気づくはずだ。
 今の時点では、容疑者が中央日日の岩見孝太郎であることを掴んでいるのは東京日報と、当事者ともいえる中央日日だけのはずだ。
 さて、どうする?
 この時既に、相沢は激しく葛(かっ)藤(とう)していた。
 このまま、自分たちが掴んだ情報を元に記事にするべきなのかどうか、と。
 迷っている自分がいた。他社とはいえ同じ桜田記者クラブの事件記者仲間を信じたいと願うがあまり、記事にすることをためらう自分がいた。と同時に、特ダネスクープを載せたいと渇(かつ)望(ぼう)する自分もいた。相沢は、その相(あい)反(はん)する自らの心をしっかりと認識した上で、迷いに迷っていた。
「キャップ、機捜が向こうの道から出るようです」
 迷い続ける相沢の思考を一旦遮(しゃ)断(だん)させるかのように、山崎の声が聞こえてきた。
 山崎の指した方角を見ると、今朝、警視庁の地下駐車場から出て行ったシルバーのスカイラインが、現場マンションを挟んで通りの向こうから、こっそりと出ていこうとしているのが見えた。どうやら、マスコミ陣が山田刑事を囲み、問い詰めているその隙を狙って、消え去る作戦のようだ。
「この先の四つ角は靖(やす)国(くに)通りにぶつかる。あそこは交通量が多く、合流に時間がかかるはずだ。そこで突撃するぞ」
 相沢は既に対策を練っていた。機捜は、初動捜査が終わり、捜査権を所轄と捜査一課にバトンタッチすると、すぐさま消えてしまう。本庁に戻った後の機捜は、基本的にマスコミの取材を受けないのがルールとなっている。彼らから話を聞きたい時は、初動捜査を終え、帰り道をピンポイントで狙うしか術(すべ)がない。
 山崎は相沢に命じられるや否(いな)や、路地を抜け、一方通行を反対に走ることで、機捜の車の行く手を先回りすることに成功する。
 相沢の読み通り、上野と長谷部、2人の機動捜査隊員を載せたシルバーのスカイラインは、大通りである靖国通りへの合流待ちの車で渋滞している一方通行道路の途中で信号待ちをしていた。
 靖国通りとの交差点の信号が赤に変わる。ここの信号は長い。次に青になるまで2分はある。
 山崎は、今しかないとばかりに歩道から車道に飛び出し、信号待ちで停車しているシルバーのスカイラインの助手席側の窓を叩いた。
 露骨に嫌な顔で、助手席の長谷部がパワーウインドウを半分下ろす。
「なんだ?」
「東京日報の山崎です。機動捜査隊の方ですよね」
「人違いだ」
 長谷部が短い言葉で誤魔化し、パワーウインドウを戻そうとする。
「上野刑事、お久しぶりです。お元気ですか。機動捜査隊員へのご出世、おめでとうございます」
 山崎がパワーウインドウの隙間に手帳を挟み入れ、運転席の上野に挨拶をする。
「……どうも」
 上野は山崎と目があった。
「知り合いか?」長谷部がハンドルを握る後輩に尋ねた。
「はい。現場でお話したように、半年前の田無署管内での連続殺人事件、あのヤマで僕が真犯人を逮捕できたのも、東京日報さんと中央日日さんのスクープ記事のおかげなんです」
 上野は山崎を無視するわけにはいかないのだ。自分が今こうして、機動捜査隊員へと出世できたのも、元はと言えば、東京日報と中央日日のスクープ記事をガセだと切り捨てようとする他の刑事たちに異を唱え、山崎たちと一緒になって真犯人を探し求めた成果なのだから。無視できるはずはなかった。
「気に入らんな。捜査組織とマスコミが過度に親しいと、癒(ゆ)着(ちゃく)だなんだと叩かれる」
 長谷部はボソリと毒づいた。その上で、
「路肩に停(と)めろ。オレはそこのコンビニでコーヒー買ってくる。ブラックでいいか? 買ったらすぐに本庁に戻るぞ」
「は、はい」
 上野は、長谷部の命令通り、信号待ちの車列から離れ、車を路肩に停める。長谷部が無言で車から降り、目の前のコンビニへと入っていく。
「外でしゃべるなよ。コソコソ話は車の中でしろ」と念押しするのを忘れてはいなかった。
 山崎は、コンビニの自動ドアをくぐる長谷部の背中に深く一礼すると、素早くスカイラインの後部座席へと入っていく。
「すみません。恩に着ます」山崎は後部座席から運転席の上野に改めて礼を言う。
「手短にお願いします」
 上野は視線を前に向けたまま軽く一礼する。
「単刀直入に質問します。中央日日の岩見孝太郎記者が被害者女性を殺したという決定的な証拠は見つかったんですか?」
 山崎は遠回しな探りを端折(はしょ)って、いきなり核心部分の質問をぶつける。
「どうしてそれを? 現場がガンさんの部屋だってことは、上からの指示で、広報文にも入れるなって言われていたはずなのに」
「ウチを甘く見ないでくださいよ」
「さすが東京日報ですね。でも、今のご質問には僕はお答えできません。それが答えです。それでいいですか?」
「ありがとう。それで十分です。じゃあ最後にもう一つだけ。被害者の素(す)性(じょう)をわざと隠している理由はなんですか?」
 山崎はまたしても、回りくどい言い回しを避け、ズバッと本題へと入る。
 さすがに上野が絶句する。
「お、おっしゃる意味がよく理解できません」
「とぼけたって無駄です。先ほど、広報課から事件広報文がFAXされてきましたけどね、明らかにおかしいんですよ。被害者の氏名は不明としながらも、どうして年齢だけは20代と特定できたのか? 若い女性の年齢判断は難しい。案外老(ふ)けてるなって思っても、年齢聞いたら20歳そこそこだったり、その逆で、まだまだ制服が似合う歳かなと思ったら、ミソジ過ぎていたり……生きている女性ですらそうなんですから、ましてや司法解(かい)剖(ぼう)前での遺体の年齢判断は、大きく幅を持たせるのが普通です。今回の場合なら、20代から30代女性と書けばいいのに、あえてそうせずに、20代女性と断定した。これってつまり、実は、機捜の実況見分の時点で、既に被害者の身元が特定できているってことを、我々にこっそりと伝えたかったんじゃないんですか?」
 山崎が自分と相沢とで推理した仮説を一気にまくし立てた。
「なんでそんなことを、我々がする必要があるんです?」
 上野は、山崎の一(いっ)気(き)呵(か)成(せい)に語られた推理に圧倒されつつ、一言だけ聞き返すのがやっとだった。
「分かりません。分からないからお尋ねしているんです」
「……」
 上野は押し黙った。いや、押し黙るしか術がなかった。事件が露(ろ)見(けん)してまだ1時間も経(た)っていない。そのわずかな時間でここまで核心に近づきつつある東京日報の取材力に、正直脱帽していた。
 その時だった。
 後部座席のドアが開き、相沢が乗り込んでくる。
「ご無(ぶ)沙(さ)汰(た)しております上野刑事……いや今は、機動捜査隊の上野隊員、でしたね」
 相沢が挨拶をする。そして隣の山崎に尋ねる。
「質問は?」
「2つともしました。もっとも両方共、明確なご回答はありませんが」
「だろうね」
 と相沢がここまでは隣の山崎とやり取りを交わしていたが、いきなり運転席の上野に向き直り尋ねる。
「上野さん、被害者女性なんですけど……本当に桜井春乃ちゃんで間違いないんですか?」
「え!?」
 驚きの声を上げたのは、上野ではなく山崎だった。
「桜井春乃って、毎夕新聞社の事件記者の、ですか? それ、マジで言っているんですかキャップ!?」
 山崎が目を白黒させつつ相沢に聞き返す。
 一方の上野は観念したように、大きく頷いた。
「自分がこの目で確認しました。桜井春乃さんに間違いありません」
「殺害現場の様子、血とかは出ていなかったようですが、死因は絞殺か何かですか?」
「驚いたな。東京日報さんには脱帽以外ありませんね。機捜の実況見分が終わってまだ数分しか経っていないのに、なんでそこまで全部調べあげているんです?」
「たまたまですよ、たまたま」
 相沢は、他の事件記者たちに言ったのと同じコメントを上野にも返した。
「ええ。絞殺です」
 上野は観念したようだ。もはや相沢に隠したところで、どうせ全部調べあげるに決まっている。ならば素直に答えてもいいだろう、そんな風に思ったのかも知れない。
「吉川線は?」
「ありました」
 吉川線とは、大正時代の警視庁が誇る名鑑識官・吉(よし)川(かわ)澄一(ちょういち)が統計的にまとめ、発表した絞殺遺体の首筋に残された引っかき傷のことを言う。遺体の首筋にこの吉川線が認められる場合、ほとんど100%他殺であることが断定できる。
「性的暴行の痕(こん)跡(せき)は?」
「ありませんでした」
 上野は相沢の質問に全て答えた。
 助手席側のドアが開き、コンビニでカップのコーヒーを買ってきた長谷部が車に乗り込んでくる。時間切れを示す合図だった。
「ありがとうございました」
 相沢と山崎は、上野と長谷部に礼を言い、すぐさま車から降りる。
 ちょうど信号が青に変わった。シルバーのスカイラインはそのままウインカーを出し、車列へと戻ると靖国通りへと左折する。
 山崎が、スカイラインが消えるまで見送った直後、相沢に振り返った。
「本当なんですか? ガイシャが春乃ちゃんっていうのは」
「ああ。伊那ちゃんが張り込みポイントから現場を監視中に、偶然目撃したんだ。写真を転送してもらって確認した。間違いない。あれは毎夕新聞の桜井春乃だ」
 相沢が辛そうに、しかしはっきりと頷いた。
 山崎は返す言葉がなかった。
「でもこれで納得がいった。どうして警察が、被害者氏名も容疑者氏名も公表しようとしないかを。そしてどうして、今回のヤマに限って、現場の刑事たちからの情報を禁止し、広報課からの大本営情報だけで記事にせよと上が命じてきたのかも」
「そりゃあそうなりますね……なんせ、被害者も加害者も、同じ警視庁桜田記者クラブの仲間たちなんですから」
「こりゃあ、悩みどころだな」
 相沢が天を仰(あお)ぎ、息を吐いた。
「何が、ですか?」山崎が尋ねる。
「どこまで記事にするか」
「え……せっかく掴んだ特ダネ、記事にしないおつもりなんですか?」
 山崎が意外そうに聞き返す。相沢の頭の中に、他社が掴んでいない情報を記事にしないという選択肢があること自体に驚いたのだ。少なくとも現時点では、当事者である中央日日以外で、容疑者が岩見であることも、被害者が毎夕新聞の桜井春乃である事実を掴んだ上で、裏取り取材まで成功させたのも我が社だけのはずだ。先ほど、機捜隊員の上野に、殺害現場が岩見の自宅であること、被害者が桜井春乃であることを認めさせた時点で、裏取り取材の第一弾は終えたと判断していい。
 今日の夕刊の締め切り時刻まで残り約3時間。警察が意図的に事件の情報を記者クラブに流さないようにしている以上、他社がこの情報を掴み、捜査官たちに確認するなりして、しっかりと裏取り取材できるとは考えにくい。つまり、今の時点では、東京日報は、今日の夕刊に特ダネスクープを打てる可能性が高いことになる。
「やっぱり、特ダネを記事にしないわけにはいかないよなあ」
 相沢が困った素振りで頭を掻きむしる。
「ですよ」
「他社はどう出るか、だな」
 相沢が大きくため息をついて、もう一度空を見上げた。昨日までの梅雨空が打って変わって今朝から快晴の空が広がっていたが、一方の相沢の心はどんよりと曇(くも)っている。
 上空高くを一機の自衛隊のヘリコプターが飛んでいた。バリバリバリとヘリコプターのローター音が相沢の心を乱していた。

《第3章 終わり》

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