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昭和ノスタルジックフォトグラフ

四国中央市寒川にある新長谷寺(昭和48年夏と平成31年4月の様子)

新四国曼荼羅霊場八十八ヶ所、第27番『新長谷寺』の46年前の写真と平成最後の4月に撮影した写真を比較します。

四国観音霊場 豊岡山『新長谷寺』(平成31年4月)

四国中央市寒川にある『新長谷寺』は、新四国曼荼羅霊場八十八ヶ所の第27番札所です。読み方は、「しんちょうこくじ」「しんはせでら」とも言われていますが、地元の方は昔から「はせでら」と呼んでいたそうです。

 

三島・川之江インター~土居インター間に松山自動車道から左手の山の中腹辺りに見える建物は何だろう?と、幾度も思いましたが、今回実際に訪ねてみて、その存在がわかりました。

松山自動車道が出来たことで、少し奥まった場所にある感じがしますが、その分市街地との雰囲気の違いをより体感できたような気がします。

仁王門

まず目に入るのが、入り口の仁王門です。四国中央市指定文化財に指定されています。

それよりも私が心を奪われたのが、その足元の石の階段です。水切り(跳ね石)に使うような川原の小さな平たい石を幾つも並べて、キレイな模様を作っています。手間暇かけて作り上げる昔の職人さんの技に圧倒されます。

仁王門には、金剛力士像(仁王像)が立っています。筋骨隆々とし、阿形像は怒りの表情を顕わにし、吽形像は怒りを秘めた表情に表すものが多いと言われていますが、まさにその通りでした。あまりうまく撮れませんでしたが、その表情は見ることができました。

 

 

 

四月 「それ佛法 遥かにあらず 心中にして すなわち近し」 般若心経秘鍵 空海

仁王門を入ってすぐのとこをにかかる「初瀬橋」

初瀬橋からの眺め

石畳の向こうには急な斜面の石段

昭和48年夏の写真

当時の撮影者のコメント

撮影に出かけた時、小学校に上がる前の子供たちがいました。当時は、写真を撮影しているのが珍しい時代であったので、カメラを構えていると、とても気になっているようでした。4人とも、とても元気で笑顔がかわいい子どもたち。虫取り網と虫かごを持って、セミを獲りに来ているようでした。
今の時代なら、カメラを向けただけで不審者扱いされるかもしれないですね。撮影してから46年程になりますがが、この子たちも50歳を超えているのだろうな~と思うと、年月の流れを感じます。

 

46年前、子どもたちが居たであろう参道

(参道も以前より整備されています)

石段を登る子どもたち

現在は、石段中央に手すりが設けられています

石段を24段登ったところからの撮影(昭和48年、1973年当時)

平成31年(2019年)の様子

本堂までの参拝には200段の以上の厄落としの石段を上りますが、勾配はとても急で踏面は靴のサイズより狭いため、少しガニ股気味に上らなくてはいけません。段数以上に疲れを感じる大変な石段で、手すりがないと途中で振り返った時は怖さも感じます。下りる時の方が注意が必要です。

今考えると、幼い子どもたちの遊び場としては、危険な感じがします。階段を上らなくても、迂回する道もありますので、無理して本堂まで真っ直ぐ続く階段を上る必要はありません。

本堂に到着

石段以外にも車で来ることも可能です

手水舎と鐘

御詠歌 「初瀬より ここによるべの 浜波に ふかき縁の あらわれにけり」

製紙の町、三島川之江を望む

燧灘を望む

緑のもみじがきれいです

桜やツツジ、初夏の紫陽花、秋の紅葉など四季折々の花が静かに楽しめる場所です。平成の終わりに訪れた時は、新緑が穏やかにまぶしい日でした。

お食事処 一心

ふるさとこみち休憩所

729年、四国寒川の地に建立された古くからある新長谷寺は、旅人にも地元の人にも長く愛されるお寺です。

へんろみちとは違うルートなので、お遍路さんはあまり通らない場所かもしれませんが、トラックで来て食事休憩している人や川を流れるお水を汲みに来ている人もいました。

松山自動車道に隠れてひっそりと佇む新長谷寺は、千年以上昔も46年前も今も、変わらずそこにあり、訪れる人の心を穏やかにしている場所だと感じました。

場所
新長谷寺
住所
愛媛県四国中央市寒川町3214

場所